日曜日の昼過ぎ、電話がかかってきた

「あと2時間後、10人で食事に行きたいのですが…」
魔子様は、引き受けたという

あと2時間後は、3時だ。
いつもなら断る魔子様だが、売上が欲しくなってきたのだろうか…

ふと、いたずら電話を思い出した
大量に発注して、引き取りに来なかった寿司屋
通夜と聞いてでかけたら、そんな家はなかったというお寺
タクシー代わりに使われた救急車

それで「名前を聞いた?」と聞くと
「聞いた。雄牛という人よ」
そして魔子様は「予約席を作っておいてよ。
もう、ご飯が足りないから、一升炊いて…
おひたしの青物が無くなった。小松菜を出して…。」という

今、客がいるのに予約の席を作るなんて…
なんでも”せっかち”な魔子様である。
父親の血だろう。
父親は、ひとの家に着くと、すぐ
「早く帰ろう。早く帰ろう。」と言う
東京の下町の、せっかちな人であった。

さすがに、ラストオーダーの3時をすぎると食堂は誰もいなくなった
そこへ10人の客が来た。ばらばらである。
何がバラバラかというと、雰囲気である。
服装は当然だが、男女も半々。年齢も若い人は20代。歳をとっても60代初め。
ふと、リーダーと言う人が見えない。
ただ10人が、店に入ってきて、まとまった一箇所に座って、バラバラにメニューを見て、バラバラに注文して、店の中をバラバラに散開して見て回る。話し声は聞こえない。
買い物は土産風のもの「りんご」「かりん」「缶コーヒー」

そのうちの一人のおばさんがメニューを聞いてきた。
「芋の子定食って何?」
魔子様は一生懸命説明している「イモのコです」
説明に、なっていない。
「あのしと”芋の子”、知らなかった?」
「こちらの人では無いね…」

リンゴを買った若い女性客に「どこから…」と聞いた
「東京から…安家の泥出しに…」という

ふと駐車場を見るとマイクロバスが停まっていた。
なるほど寄せ集めの泥出しのボランティアチームだったのか…

しかし「泥出し」という言葉は最近になって聞くようになった。
以前は、なんと言っていたのだろう
いやひょっとして「泥出しボランティア」という言葉が、最近出来たのだろう
昔は、集落の結のなかで協同で助け合って泥出し作業をしていたのだが…
集落の若者が離れ、高齢化が進み、コミュニティが壊れ、その急遽の一時的な作業だけが残されて、被害の対応がそんな言葉を生んだのではないだろうか…

東京からわざわざ泥出しのボランティアに自分の休日に駆けつけるというのには、ただただ頭が下がる。
まだまだ日本も、都会も…見捨てたものではない。

バラバラに帰った10人の客に
ひたすらに「ありがとうございます」と頭を下げた。

しかし、岩泉に住むIターンの若者が言った
「なるべくして、なったのだ。早かれ遅かれ、山村は消滅に向かう、いずれそうなる。」
山村の再建は、難しい。

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