ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

羽釜炊き

こびる食堂で提供するご飯を、5分搗き”にした、
そのほかに選べるご飯として”玄米”も…
玄米と5分搗きの二本立てである。

朝定食の客が、お替わりをしてきた
一人の客は「家で玄米食べているから気にならない」といい
もう一人の客は「5分搗き?」と怪訝そうな顔をした
どうやら気が付かなかったようである。

心配していたが、そんなに問題は無いようであるが…
魔子様が
「ちょっと粘りがたらない」と言う
そう言われてみれば、そうかもしれない

まぁ〜すこし様子を見て反応を伺おう

 

今日は日曜日、雨がパラパラ降って曇り空の寒い日である。
薪ストーブが、嫌に暖かく感じる日だ。
午前中パラパラの客だった。
レジに立って在庫を調べていたらポツリポツリと食堂の客が入ってきたが、立て続けだったのでちょっと心配になった。
魔子様の声が聞こえる。
「ご飯がないので…」
梅さんが「麺類なら、すぐ出来ます」
魔子様が「ご飯がないので…」「ご飯がないので…」

あわてて厨房を覗いた。
「”ご飯が無い”という言い方はないだろう
”後、何分ほど掛かりますが、お待ちいただけますか?”といえ!」

魔子様いわく
「今、3合炊くようセットしたばかりで、
その3合でも足りないほど注文が入っている」

”唖然!”
日曜日の昼早くに、ご飯が無くなるなんてどんな量の管理をしているのだ。
日曜日は遅くまで客が来る。多少多めに炊いても問題はないのだが…
魔子様の心配性は「残ったら困る」のである

だから細かいロットで、何回も分けて炊く
しかし、羽釜のガス火だ。一釜炊くのに早くても小一時間はかかる。
一度に大勢の客が入ると、手に負えない
まして日曜日だと、家族連れが多い。
一家族で3合など、あっという間だ。

次から次へとやってくる客に、店頭売りの”玄米おにぎり”や”赤飯””玄米の炊き込みご飯”を勧めたりして、急場をしのぎながら

慌てて一升炊いた。
一升炊くのに一時間はたっぷりかかる
炊き上がった頃、潮がひくように客は消えた。

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ほうおん

浄土真宗大谷派騎雲山専立寺にてビックイベントがある

「報恩講」である

報恩講は、ひらたくいえば宗祖親鸞の命日である。
キリスト教で言えば、クリスマスのようなものである
(ひょっとしたら、あれは誕生日か?)

だいたいが浄土真宗と言うのは、よくわからん
日本史で習った、一向一揆と言うは、浄土真宗のことらしい
なぜ一向宗というのだ?いっこうにわからん!

その京都の駅前に本願寺というのが二つ有る
東と西と呼ばれる。なぜ東と西なのだ?
京都に北朝と南朝と二つ朝廷があったが、京都は東西南北なんでもありだ!

そして本願寺派とか、東本願寺派とか、大谷派とか、陸前高田派とか
なんだか学生運動のセクトみたいだが
隣の寺のように相続争いから発展しているのだろうか…

とりあえず人生は惑わせるために、有るようなものであるから
惑わないように教え諭すのが親鸞らしい

その親鸞に匹敵するありがたい内山節が講演するという
ありがたいと言う言葉は、「有りがたい」に通ずる。
ようするに「ありえない=無い」ということだから「無」である

なんだか、わからんようになってきた。
それが、わかるように教え諭す内山節の話を聞きに行くのだ
住職と副住職のお経は、声楽としては最高であるが、ついでだ。

(内緒だが…)

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月下氷人

喪中欠礼の葉書が、どんどん届く

店から戻って家の玄関を開け、郵便入れから郵便物を取り出した魔子様が、暗い玄関で、じっとハガキを見ている
「デジさんが死んだ」と大声を出した。
”仲人”である。

最近の若い人にとっては、馴染みのない言葉だが
仲人(なこうど)である。
辞書には結婚の仲立ちをする人とあるが、最近は仲人という言葉も死語になりつつ有る。と言う。
そういえば結婚した娘も息子も”仲人”と呼ばれる人はいなかった。
仲人を立てた結婚式というのは、最近皆無に等しい
一番多いのは九州で、1割程度だという。

以前(昔?=40年前)は、仲人を職場の上司の誰に頼むのかが大きな問題であった。
年始に挨拶に行ったりして派閥ができて、その後の昇進につながるのだろうか…
自分の結婚式のときは、たまたま大阪転勤と重なって、東京の上司と大阪の上司と二人の内のどちらに頼むか?という問題が出てきた。
そのときに大阪の上司は、前回仲人をした離婚問題で奥さんから「もう仲人をしないで…」と言われていた。
これ幸いと、東京の上司に頼んだ経緯がある。
いずれにせよ頼まれ仲人であった。
そんな風習も企業の終身雇用が崩壊するに連れ、職場の人間関係性も壊れ、良いか悪いか別として”職場の仲人”と言われる風習も壊れていった

サラリーマンがほとんどの時代の以前は(もう半世紀以上前か?)男女が出会うきっかけも無く、きよらかな関係(?)から一歩も踏み出る勇気もない男女を、仲立ちするお節介な近所の叔母さん叔父さんが大勢いたのである。。
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しかし、今の結婚しない若者がどんどん増えるのを眺めていると、
「仲人」という「月下氷人」のおせっかいの場がありそうな気がするが…

メニュー

なんと言ったら良いのか
とりあえず仕事が遅い(泣)
能力の限界を感じている
もう人間をやめたい

そんな気がするこの頃だが
秋冬のメニューが今頃出来た

とりあえず

2016秋冬メニュー(案?)魔子様のチェックで変更有り(大泣)

まずは鏡を…%e3%82%b9%e3%82%af%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%83%e3%83%88-2016-11-17-6-53-33

 

たぬきときつね

トランプが、”ババ抜き”で勝った!とテレビで放映している。
まさかと思ったが、やはりという気持ちもある

それだけ変化を求めている閉塞社会なのだろう。
アメリカは…
日本も同様であるが…
マスコミや、組織にいる人は、変化は望まない。
そこに属さない人々が、いき詰まっているのが目に見えるようである

と言ってもトランプで変化が起きるとは思えない
なぜならトランプの言動は、ビジネスの常套手段である
トランプが、本当のビジネスマンであるならば…

政治屋は、平気で嘘をつく。
政治家は、嘘を突き通して真実にする。
ビジネスマンは、大ぼらを吹きながら落とし所を考える。
商売人は、誠実に嘘をつく。

いずれにせよ、たぬきときつねの化かしあいである。
ずいぶん低レベルの国際社会になってきたものだ
いや、もともと低レベルだったのかもしれない
政治の世界は…

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泥出し

日曜日の昼過ぎ、電話がかかってきた

「あと2時間後、10人で食事に行きたいのですが…」
魔子様は、引き受けたという

あと2時間後は、3時だ。
いつもなら断る魔子様だが、売上が欲しくなってきたのだろうか…

ふと、いたずら電話を思い出した
大量に発注して、引き取りに来なかった寿司屋
通夜と聞いてでかけたら、そんな家はなかったというお寺
タクシー代わりに使われた救急車

それで「名前を聞いた?」と聞くと
「聞いた。雄牛という人よ」
そして魔子様は「予約席を作っておいてよ。
もう、ご飯が足りないから、一升炊いて…
おひたしの青物が無くなった。小松菜を出して…。」という

今、客がいるのに予約の席を作るなんて…
なんでも”せっかち”な魔子様である。
父親の血だろう。
父親は、ひとの家に着くと、すぐ
「早く帰ろう。早く帰ろう。」と言う
東京の下町の、せっかちな人であった。

さすがに、ラストオーダーの3時をすぎると食堂は誰もいなくなった
そこへ10人の客が来た。ばらばらである。
何がバラバラかというと、雰囲気である。
服装は当然だが、男女も半々。年齢も若い人は20代。歳をとっても60代初め。
ふと、リーダーと言う人が見えない。
ただ10人が、店に入ってきて、まとまった一箇所に座って、バラバラにメニューを見て、バラバラに注文して、店の中をバラバラに散開して見て回る。話し声は聞こえない。
買い物は土産風のもの「りんご」「かりん」「缶コーヒー」

そのうちの一人のおばさんがメニューを聞いてきた。
「芋の子定食って何?」
魔子様は一生懸命説明している「イモのコです」
説明に、なっていない。
「あのしと”芋の子”、知らなかった?」
「こちらの人では無いね…」

リンゴを買った若い女性客に「どこから…」と聞いた
「東京から…安家の泥出しに…」という

ふと駐車場を見るとマイクロバスが停まっていた。
なるほど寄せ集めの泥出しのボランティアチームだったのか…

しかし「泥出し」という言葉は最近になって聞くようになった。
以前は、なんと言っていたのだろう
いやひょっとして「泥出しボランティア」という言葉が、最近出来たのだろう
昔は、集落の結のなかで協同で助け合って泥出し作業をしていたのだが…
集落の若者が離れ、高齢化が進み、コミュニティが壊れ、その急遽の一時的な作業だけが残されて、被害の対応がそんな言葉を生んだのではないだろうか…

東京からわざわざ泥出しのボランティアに自分の休日に駆けつけるというのには、ただただ頭が下がる。
まだまだ日本も、都会も…見捨てたものではない。

バラバラに帰った10人の客に
ひたすらに「ありがとうございます」と頭を下げた。

しかし、岩泉に住むIターンの若者が言った
「なるべくして、なったのだ。早かれ遅かれ、山村は消滅に向かう、いずれそうなる。」
山村の再建は、難しい。

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はなちゃん

涙が止まらない本を読んだ
「はなちゃんのみそ汁」である
なぜか周りの人は「知ってる」「聞いたことがある」という人が多い

知らなかったのは、自分だけか…

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知らない人にあらすじを教える

新聞記者と音楽の教師が、乳がんを患って告知された後、結婚をした。
抗癌剤の副作用で子どもは出来ないと言われていたのが、
子どもを授かり、死ぬ気で産んだ子に「はな」と名付けた。
乳がんと闘いながら子育てをし、子どもに何を残してあげたいか?
それが自分で生きていける、食べていける「料理」であった。
はなちゃんが作る食事は、通っていた高取保育園(福岡)の玄米和食が基本になっていた
そしてその子が5歳のときに母は旅立った。。

と言うあらすじである。
涙なくしては読めない本である。途中で幾度も文字が読めなくなった。
こんなに涙もろかったのか?と自覚した

ふと、ここ数ヶ月、いろいろと悩んでいることが、この本を読んで解決したようが気がする
いや解決というのは、おこがましい。
方向性が見えてきた、ということだろう

まわりにはがん患者が多い。
亡くなった人も多くいる
ガンを抱えて生きている人もいる

以前は脳卒中が一番多かった
ガンは三番目か四番目だったが。寿命が伸びてトップに躍り出てきた
なんせ人間の寿命は120歳。その時の死因はガンである。という説があるくらいだ
寿命が伸びた分だけ、がん患者が増えるのは自然増である。
しかし、それだけではない。
我々団塊の世代周辺は、核実験の影響をモロに受けている
そして添加物だらけの食事や、化学調味料などの不自然な食材、そして外食産業のわけのわからん海外の原材料の影響
つまりガンにならざるをえないものを多く体内に取り入れ、そして体の外からも浴びている。
細胞が変形するガンにならざるをえない
だから我々世代は、それを従容として受け入れざるを得ないのだが…
ただ、次の世代にそれを引き継いで良いのか?

原発にしてもチェルノブイリやスリーマイル、福島の経験がありながら
そして何よりも核廃棄物の無害化が見えない形で再稼働や新規設置に動くべきなのか…
それは次の世代の人達が決めることなのである
今我々はさまざまな実験をして、次の世代の判断材料となるべきでは無いか…

それが食についても言える
食べ物は20年経って身体に影響を与えるという
有機の農産物という触れ込みで店を開いて21年(1996年)になる
開店したころ多くの人が店にやってきた。
「アトピーの医者を知りませんか?」
「アトピーの人の食べ物は…」
そう考えると、その20年前アトピーである原因の食があった。
つまり1975年頃、昭和50年ごろである。
それ以前は外食産業があまりなく、食事は米飯が中心で野菜が主体だった。
東北大学の農学部が1975年頃の日本の食事が一番バランスが取れていた。
という研究発表がある。

昭和50年頃から日本人の食事が変化してきたのである
その蓄積が、今の寿命や病気に多大な影響を与えているのではないか…
それを子どもや孫に引き継いではいけない。
僕ら団塊の世代が体験してきた反省を、しっかりと次の世代に反映させないと…

と大きな問題意識を持ちながら自分の非力を悟って

こびる食堂のテーマを決めた

子どもや孫に食べさせたい食事

二台

1台、大きめの圧力釜を購入した。
7.5合炊きだったのを、一升炊きを追加購入したのだ。

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羽釜でも三升炊きで”一升ごん合”炊いている。
やはり半分くらいの量を炊くのが一番美味しい。と言うか
無理なく炊けるような感じがする。

以前、品種の炊き比べをしたときに
各自が炊いて持ってくるということにした
有る人は、一升炊きに一升炊いてもってきた。
それはそれは、大変だった。

そういう意味で、まず道具を使いこなすと言うことを理解しなければ美味しさの追求は出来ない
7.5合炊きの圧力釜も、もう二年ぐらい使っているだろうか、相当使った。
一日三回炊いているから、年間で1000釜ぐらい炊いているだろう
一つの圧力釜で三回炊くと、4時間ぐらいかかる。
途中でいろいろな用事を挟むと、半日必要とする
昼食べに来た人に、持ち帰りの玄米を…と思っても昼過ぎに出来ては意味がない
それよりも、何によりも、バリエーションを増やしたいのである。

今炊いているのは、食事用の玄米と…持ち帰り用の玄米と…小豆を入れた赤飯と…三回炊いているが、
それに豆ご飯用の玄米、炊き込みご飯用…豆料理用…と、さまざまの活用方法がある
それを朝の早い段階で片付けるには、やはり二つは必要である

しかし、作ればいいというものではない。
作るということは楽しい。売るというのは難しい。
売らないと作れないのである。
多くの人は、作るのは難しいと思っているだろうが…
作るのは難しいが、楽しいのである。
そこには自分なりの創意工夫ができる。
だから農業は大変だ!大変だ!と思っている人が多いが
本当は農家は楽しいのである。
自然の中で自然とともに自分で創意工夫をして、どうしようもない天意のなかでモノができる
出来たものは失敗しても、天の恵みとして許される。
ただ問題は、それが金に替わる規格になっているか?ということである
ある農協の幹部が言ったという「農家に払っている金は、選別の手間賃である」
天の恵みで出来たものを農協の規格にそったものを選んでいるだけである。と言う
だから金にならない。
産直は、その農協の規格から逃れるので選ぶ率が高くなるので収入が多くなるのである
しかし、それによって農協の規格が有名無実となり、全体の相場が下がってくる。
自分で自分の首を絞めているようなものである。
まぁもっとも、人間の食べ物が高いというのが問題なのである。
「貧乏人は麦を食え」ではないが。まだ収入も少ない若い人が子どもを持つ。
そんな人達が安いものしか食べられないということが問題なのである
安いと言うのには様々な理由があるのだ(別に言う)

食べ物に値段の高低があって良いのか?

なんだか話がずれた
その圧力釜だが…
玄米が売れているなら良いのだが…
今まだ売れていない
一日の終りに、かならず残る
ただちょっと、さまざまな兆候が見えてきた

定食のご飯は「白米と玄米を選べます」と言うと「玄米を選択する人が断然多い
そして「オタクみたいに美味しく炊けないの?どうしているの?」
「オニギリ買ったけど美味しかった。残っているのなら全部買う」
「玄米ってこんなに美味しかったの?」
と語る人が、少なからずいる

そうなのだ、一回、食べてもらえばわかるのである。
売るのと同様、一回食べさせるのが大変なのである。
その美味しさが多くの人にわかったときに、一台では玄米を炊ききれない。
だから二台にした。

ちいさな野菜畑

”半ケツ”が出た

と書くと
多くの人が、あの赤フン男の元ハム屋が半ケツ出して環七を走っているのか?

と思うだろうが…
遠からずとも当たっていると思う
なんせ、岩手にいないのだがから、言ったもん勝ちだ

本当は、ちょっと違うが
契約不履行に対する損害賠償請求事件だ
事件番号が「ハの295」と言う
どこかの墓地の番号と一緒だ
きっと亡くなった人も応援してくれているのだろうか…

結論は

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「全面勝訴」という紙をもって法廷から記者がいる玄関に駆け出して
滑ってころんだ(泣)と言う感じだ!
33000円の請求に対して5000円
訴訟費用は原告8割。被告が2割であるから
こちらの過失が若干あったと言う判決である

 

5月の初めから半年かけて、いい加減に飽き飽きしてきた。
というよりも反論しても嘘と推論で反論してくる
もうそれを、ひっくり返すのに時間が取られる
こちとらヒマじゃないんだ!

もうそろそろお終いにしたい!と思っていたので
判決が全面敗訴でも受け入れるか?とも迷った。
しかし、こんな農家もいるということを公にしないと多くの消費者が間違う
そもそも非常識なのだ
自然とともに生きているから、ある程度世の中の常識を知らないのは仕方がない
しかし、知らなすぎるというのが問題である

放射能検査の料金は通常正式な機関に頼むと15000円が相場である
それを500円測定で依頼したという主張が、先ずおかしい
山菜は危ないと世の中で言われているのに…
最終尋問で原告は、被告である小生に、こう尋ねた

「15000円かかる測定を、なぜ500円でやっているのですか?」
「市民に対する社会的責任です」
「え?」
そして、また聞き直した
「なぜですか?」
「社会的責任です」
「…」

それがわからない
市民の不安を解消してやることで、ものが流れるようにする小売業の社会的責任なのだ
それが国が…行政が…まかせておけば…
そのなかで、やっていればいいと思っている
それ以上のことはしなくて良いと言う農家が、いかに多いか…

そこに”顔が見える”関係が、ほしいのだが…
”顔しか見えない”産直と呼ばれる小売業が多いのである
当店はそんな産直と一線を引いているのだが…

大きくなると人数が増えて顔も見えなくなる
ちいさなままでいい。ちいさなままで…
ちいさな野菜畑なのだ。

食べて作る

野菜が高騰している
人参が…馬鈴薯が…大根が…キャベツが…白菜が…
全部、土地利用型野菜である。
もっとも今の時期、岩手では施設利用の果菜類は、おしまいというか気温が低すぎてならない
寒いからトマトや胡瓜のサラダや、生食ようのメニューがおしまいである

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その土地利用型野菜は、北海道が産地である。
なんと言ったって広大な土地を利用した機械化農業の先端産業である。
その北海道が先日の台風10号で壊滅的な被害を受けたという

だから野菜が!と一括りにして言うが、土地利用型の根菜類や大型葉物が被害を受けた
水に浸かれば、土地利用型は挽回できない
ギリギリに播種や定植をしているから、今播き直しても雪が降るまでに収穫できないのである。
つまり、上手く行けは来春、雪の下から顔を出すが、売り物にならないだろう。

 

しかし、それは農業なのである
つまり機械化した大規模農業の問題である
日本の農業は、産地のリレー出荷を国が定めて動いている
つまり西から東へと産地が移動していく
そのために一年中野菜が豊富にある状況を作り出しているのである
今回問題になったのは、北海道の台風10号の被災である。
人参や馬鈴薯などの秋冬用の根菜類が壊滅したのである。

リレー出荷は、消費地の旬を無くしただけでなく、局地的災害で多大な影響を与え、多種類の地域に根ざした野菜を失ってしまった。

それを補うのが地域に根ざした地産地消なのであるが…
その地産地消も、売れればよいという生産者と、良いもの安くという消費者の声に、単なる流通になってしまった。

単なる流通には、「食べて身体を作る」という思想が無い

月別アーカイブ : 2016年11月

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