「考える人」という新潮社の季刊誌が有る。
特集で昨年夏号は「ごはんが大事」と言う特集である。
どうもこの手の…というか季刊誌・月刊誌・週刊誌で農業や食糧の特集を組まれると、買わないといけない。と言う気持ちにさせられる。
「すぐ消えて無くなる」という気持ちになるからである。
と言って、そんなに大層なことが書いてあることはない

そのままトイレに”積読”が関の山である。
しかし、ついつい見てしまう。
隅々まで見るわけでないが、やはりその時々で目につく記事や広告が違ってくる。

こびる食堂の悩みは、「旬」である。
「旬」のメニューを美味しい御飯と味噌汁とともに提供をする。というのがテーマである。
それがなんだか「卵」「納豆」「とろろ」に凝縮されて旬の小鉢が、ないがしろにされているような気がする。
と言って自分が調理するわけではない。魔子さまである。
そんなことを考えているから、この新書版の広告が目についたのだろう。

IMGP4060
新潮文庫「小林カツ代と栗原はるみ」料理研究家とその時代。である

本屋の棚に有ったのでつい手にとってパラパラとめくった。
なんというか近現代の女性史である。
ついつい歴史ものは買い求めてしまう。
現代が作られた原因は、その歴史にある。
その歴史は権力者ではなく大衆に有るのではないか…
そんなことを想いながら、テレビやラジオが出てきてから大きく替わった女性の生き方をリードした料理研究家という職業の変遷を書いた本である。と言って著者は小生が高校三年の時に生また昭和43年の生まれである。
やはり研究者といえ自分の生まれ育った時代のことが詳しいがそれより一昔ふた昔の時代は、それなりである。
しかし、料理の世界も、テレビ・ラジオが家庭に入ってから急激な変化を遂げた。マスコミの影響は激しく大きい。

やはり料理よりも家の変化なのだろうと思う
おさない頃、台所は北側の薄暗い場所にあった。
井戸も家の外に有った。
そのうちに井戸は家の中に入ってきてカメに水を汲み置き、風呂も便所も外に有ったのが中へ入ってきた。
女性が家事をする場所が、北側の寒々しい薄暗い場所だった。
昭和ヒトケタの母などはその時代に調理をしていた。
戦後世代ではないだろうか
家の南向きの場所に台所を!という声が上がったのは

その母の時代に流れた番組が「きょうの料理」である
今でも流れているがあの

チャンチキチャンチャンチャンタッッタ〜

あのテーマ音楽は耳から離れない
そして、あのまん丸の江上トミである
我々の時代は、料理といえば「きょうの料理」と「給食」と「ライスカレー」だった。
東京の下町育ちの魔子さまは「ライスカレー」は子供の頃食卓に上らなかった。と言う
我々の母の時代は粗食の中で、家事と高度成長期の労働力としてフルに働いていた時代だった。
そんな時代に生きた人たちが、終わろうとしている今である。