”きゅう”をする。
”きゅう”というと、なんとなく古い感覚にとらわれる
よく昔というか、今話題の東京都知事だが…
青島幸男が一期やったことがある
かれは放送作家だったが、いじわるばあさんの役でも有名だった。
いじわるばあさんは、いつも灸の跡が首筋についていたような気がする
まわりには居なかったから、多分テレビが出てきてから「灸」という物を知ったのかもしれない.

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そういえば「鍼」というのもテレビで知った。
そうだ”丸坊主の盲のあんま藤枝梅安”だ。
池波正太郎の梅安は、小型犬がやっていた
なんで”おがたけん”と叩くと小型犬になるのだ!これも時代か…
本来は緒形拳と変換されるのだが…

あの首筋を鍼で刺して殺すという場面が何度も出てきて
鍼というのは怖い
と言うイメージが植え付けられていたのかも知れない

だから鍼はしたことがなかったが、
思い出してみると東京から一度、盛岡に戻ってきた時
会社で誘われラグビーをした。腰を痛めた。
当時の仲間に誘われていったのがいわしな治療院だった。
30代前半だった。
当時は、治ったのかどうか記憶にない
盛岡で30年も続いている鍼灸院は二軒しかない。
そのうちの一軒である。

昨年、体調が悪い時(全てが最悪だった)
化膿性脊椎炎で入院し、食道がんの後遺症で腸閉塞をおこし、下半身がむくんで象の足状態になった。
そのときに若い友人が紹介して一緒に連れて行ってくれたのが、移転したいわしな治療院だった。
”ここは昔来たことがあるよ”と言ったら、奥から
「ありました!昭和59年の10月に来ています」と若い息子がでてきてカルテを示した。
30年前のペンで書いたカルテが有ったのだ
鍼医は「それでは初診ではなくて再診でみましょう」と言う

3年保存とか5年保存とか書類の保存が法律で決められ、断捨離という捨てる技術がもてはやされている世の中で、30年前のカルテが保存されているのに”驚愕”である。
どうやらすべて時間が経ったら無くすという精神の習慣が身についてしまったらしい
本当に大事なものの区別ができなくなってしまったような気がする
本当に大事なもの!それは”生きた証”なのかもしれない。

最近、戦後71年と言われて様々な文書が発表される
ふとパソコンで叩いた文章も、気軽に再生されるのであろうか…
中学生の頃、家庭に入ってきたテープレコダーも消え、カセットになり、CDになり、DVDになり
、たった50年余りの変化に長いテープの再生機能をもっ装置は家庭にはない。
そういえば初めての給料で買ったのは、当時最新式のラジカセだった。
カセットはまだ引き出しの奥にあるが…デッキが無い。
カセットもテーブがくっついてデッキに掛けられるものかどうかもわからない
多分、科学技術はそれも解消するのであろうが…
また新しい問題が発生するのだろう