友人が言う

「スマフォを持ってるかい?」
「これを持っていると若者の考え方がよく分かる」と言って、スマフォを見せてくれた
「一台でも持っていたほうが…」
「これ一台で、”一人で生きていける”という感覚を持てる」
「今の若者の考え方や…心の持ち方…気持ちが…」

へそ曲がりで天邪鬼の小生は、ふと違う考えがよぎった
いや違う考えでは、ない。
旧態依然とした「投下資本と効率だ」
IMGP3901

「だいたいガラケーでも機能の1割も使っていない(ひょっとしたら1%か?)
電話をする・受け取る。Cメールをする・受け取る。時刻を見る。電話帳を見る
この機能だけである
最初はカメラに凝ったが、あまりにもちゃちなカメラなので止めた

そして、いつもマナーモードにしているので、ほとんどかかってこない
かかってきても、わからない。わかろうと努力していない。
家に戻って。充電しようとして気づく。
登録していない電話番号が表示されても、こちらからかけることは無い。

そして最初からAUで、携帯を持って、この22年間他社に変更をしたことはない。
パソコンだってシステムが変わると、対応ができない。
小生のパソコンの先生が「こちらのほうが便利だから…」と一生懸命に変更してくれるが
変わるとお手上げである。
「元へ戻してくれ」と泣きを入れる

きちんと覚えれば、覚えられるのだが、時間がもったいないような気がする
というか基礎から覚えようとする老人と、感覚で進んでいく若者と…の違いだろうか?
時代の問題か?教育の問題か?
それともこれは残り少ない人生のなせる技なのかもしれない
若者は、なかなか日曜日がやってこないのに、老人は、あっという間に一年がすぎる

スマフォを新しく勉強している間に、人生のやり残したことをやったほうが…
と言うのは、言い訳だろうか…

と言うそばで、いつもガラケーを探している魔子様がいた
「探す時間が無駄だから、いつも整理整頓」と言いながら
「整理整頓」と認知症の母親が書いたPOPを探していた自分がいる。