電話が嫌いである
と言って電話をマナーモードにしているわけではない
ところがいつも”マナーモード”である
かけている人は、イライラして何回もかけてくる
いつのまにか「何回も電話したのに…」と逆ギレ(?)する

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大学生の頃まで電話は呼び出しであった。
呼び出しとは
「オタクに、電話がかかってきましたよ!」と隣のおばさんが、呼びに来たのである
「すいませんね〜いつも、いつも」と言って隣の家の夕食を囲んでいるところに電話をもらい(そう言っていた?)に行った。
おかずは、煮魚にほうれん草のおひたしだった。

社会人になって初めて机の上に電話があった。
一つの課、6人で3台の電話機だった。
課長専用と、古参の頻繁にかける人と、その他に一台だった。
その他の人が営業に出かけると、事務の女の人と新入社員と二人だけになって、困った
女性の手前、良いカッコをしたいが、受話器が取れないのである
なんせ仕事の電話だから、早口で聞き取れない、それに専門用語の羅列、そして関西弁である。
ヘレン・ケラーの三重苦である
毎日、電話が鳴らないように祈る日々の新入社員時代だった。
ところが会社は、「電話が三回なるまでに受話器を取れ」と指示された
ようやく電話になれた頃、今度は一日電話の応対をするポジションになった。
ラグビーで耳が潰れてちょうどよかった。受話器を押し付けた耳が、ぺちゃんこで痛かった。

そのころ教えられたのは
「相手に電話をさせろ」ということだった
昼休みで誰も居ない時に部長と二人になった。
「後から電話させます」と言ったら
湯気を立てて怒られた
「自分の家から電話してみろ。いくら掛かると思っているのだ」

仕事はそれで慣れたのだが…
女性に電話番号を聞くのは、なかなか出来なかった。
聞き出す技を、いろいろと教わったものだが、どれも成功しない
そのころ公衆電話で長電話して長い行列をする景色がよく見られた
たぶん彼氏に…彼女に…愛の語らいか…別れ話のもつれか…長い電話だったのだろう
どの電話ボックスが先に終わるか、10円玉を一杯抱えた若い男がウロウロしていた。
今、赤い公衆電話はもちろん、緑の電話があるボックスもみない
そういえば…と言うところに時折見かける

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農業の世界に入って畑や田圃で用事を思い出して携帯電話で連絡をする
そうだ
これだ!と20年前に思った。
農家は誰も携帯を持っていなかった
「街の人は公衆電話がいたるところにある、田舎の農家こそ必要」と言いふらしたが…
だれも必要性を感じなかった。
あるとき農家の女性が
「携帯番号を教えてあげる」といわれ驚いた
農家が持っていることではなくて…
女性の電話番号を簡単に聞き出すことが出来たことに対してである

それから急速に携帯が増えてさまざまな事情も変わった。
そんなときに以前教えてもらったことを思い出した

「電話は失礼である。相手が何をしている最中でも呼び出す」
以前は「三回なるまでに出ろ」という言葉も、40年で変わってしまった

今、スマートフォンというらしい
なんでも指先で画面が動くらしい
鉄の塊が空をとぶような感じだ。信じられない。

便利らしいが…不便が、ちょうどだ
生きるのに不自由がなくて、やるべきことがいっぱいある、

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