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朝ごはんである。
まるで小鳥の餌であるが…
この程度で十分なのである

医者から「フンショク」を勧められている
粉飾決算の食事ではない
粉食でもない
分食である。

つまり食道が狭まっている。
糖尿の気がある
体力をつけるために量を食べるには
「少しづつ分けて食べろ!ということである
もう一つはエネルギーの確保に「高脂肪・高蛋白の食事」である
だから残り物を自分用にアレンジして仕上げる

料理は、想像力と創造力と構成力と浅野陽が言った。
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水上勉の「土を食らう日々」池波正太郎の「食卓の情景」
そして浅野陽の「酒飲みの迷い箸」は男の料理本の傑作である。
特に浅野陽の「酒飲みの迷い箸」なんと材料しか書いていないのである。
「あとは想像して創造し、こうせい!」と言う

 

一昨日もらった”いちご煮”の缶詰をご飯に炊き込んで、母屋の母親と魔子様の夕ごはんである。
それの残りと…
売れ残りの野菜かき揚げを、白湯スープに浮かべて、稲庭うどんの切れ端をすきこんだスープである

いつもは、朝めしは、売れ残った冷凍オニギリをチンして、それに卵を溶き入れたスープが朝の第一食である
今朝は豪華な第一食である。朝食ではない。
店で午前中。様々なものを作るときに出てくる半端や、味見が第二食
ランチタイムが終わって、お櫃に残った玄米飯や、おかずで第三食
夕方、小腹がすいたときのノコリモノを第四食
家に帰って、賞味期限が切れた木綿豆腐に、さまざまなドレッシングをアレンジしてビールを一つ
それに店の売れ残りと魔子様と認知症の母の夕食のお余りで…

残り物を、少しづつアレンジして食べるのが、ちょうどいいのである
一人前が胃袋に納まらない
だから飲み放題・食べ放題というシステムには、当てはまらない身体になってしまった

だいたいが残り物を捨てられない性分である。
たぶん団塊の世代に、かすかに引っかかった世代としては、いつもいつも食糧難を聞かされたり、
食事の時に細々と食べ方や、茶碗に張り付いた米粒を沢庵と白湯で流しながらすすった思い出が、そうさせるのだろう
食べきれなかった食べ物を流しの隅の三角籠にエイャァ〜と捨てることが出来ない
少しづつ小さなガラスの容器に入れて、夜のアテにするのである。
だから店から帰って、それらを広げ、ちょとアレンジすると、いつの間にか四〜五品の自分だけの酒菜が出来てしまう
豪華な肉とか刺し身とか、あらためて作る酒菜はいらない
安上がりであるが、旨く作る工夫が面白い

ところが魔子様は団塊の世代から、少し離れた世代である
鼻と舌が、よく効く。
「おかしい」「酸っぱい」と言ってドサッと捨てる。
そして曇ったビニール袋に残り物を入れるものだから、細かな袋が一杯冷蔵庫にある
見えないので早く食べるという判断が出来ない
だから冷蔵庫の中は、いつも戦争である
「これはどうするのだ!」「後で炒め直して食べる」
「これは」「酸味が出ている、もうだめ」
「この刺し身はいつのだ!」「煮れば大丈夫よ」

梅さんは言う
「うちの親戚も八百屋をやっているが、いつも残り物を食べていた」