「スカートの中まで透けて見える」と言ったが…
白内障の手術は、劇的である。
右目の時は、それほどではなかった。
しかし、徐々に徐々にはっきりと見えてきたような気がする

だいたいが、苦労は忘れるものである
見えない時の苦労が、見えた途端、忘れる。

今回の左目は、劇的に変わった。
どう変わったかというと、鏡を見た瞬間、シワだらけの初老の坊主男が写っていた。
以前は、見慣れた入道ヅラだったが…

それでも、タイムラグはあった。
眼帯を外した瞬間、やはりボケていた。
というか、焦点が合わなかった。
それが半日ぐらい続いただろうか…
眼もロンパリ状態で、治るのか?と心配したが…
焦点をあわせると、すっきりとした透明ガラスを通して見えた

 

手術の翌日、手術医は、眼帯を外して検眼をした。
そして一週間、こんどは通院している主治医の検眼で
手術した眼は「2.0」だという。一番下が読めなかったのだが…
眼が良かった子供の頃でさえ「1.5」だった。
主治医は「安心しないでくださいね」と言いながら
「目を疲れさせないように…ドライアイだから、ときどき5分ぐらい目をつぶって…」と言う

眼がすっきりする。これほど楽しいことはない
ただ慣れなのだろうか…老眼鏡を掛けないと字が頭に入っていかない
さて溜まった本を、どんどん読み進めよう
それには時間を確保して…
夜は早く寝ることにした。8時である。夜の八時である。
泡が出る飲物を一本と、適当に残り物を食べただけでもう眠くなる
クローズアップ現代があれば、もう少し長く起きられるが…
国谷裕子がいなくって、起きる必要が無くなった。

夜中に目が覚める。時には2時だったり、1時半だったり、まかり間違うと11時頃起きてしまう。
今の書斎には、ここ10年ぐらいの本が積んである。
書斎とは名ばかりで、本置き場であり、寝室であり、更衣室であり、クローゼットであり、仕事場である。
扉から机まであるく3歩の距離だけに道が通っている。
あとはベッドと、床には配線とゴミ箱と、壁には本棚と衣装箱が配置されていて、かきわけながら机にたどり着く。

それ以前に買った本は、母屋に積んである。
デイサービスの日、母親の留守の時に本棚を探した
今までは読む時間もなかったし、読もうと思っても母がいると”オウム返しのやり取り”で時間が過ぎた。
ゆっくりと探すことが出来た

「あった」向田邦子である

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通勤電車に載っていた頃は文庫本だった。
新書版というのは、ここ20年ぐらいの話ではなかったのか?
文庫本を背広のポケットに入れ、5分10分の時間を惜しんで読んだ。
結局、短時間の移動なので短編やエッセーが多かったが、向田邦子にハマってしまった。

トイレに向田邦子の最近の特集( ムック)を置いてある。
また、だいぶ茶色に変わった新聞の「向田邦子没後30年」の書評が置いてある
それをいつも眺めながら「いつか…。いつか…」と想っていたのだが
眼が見えるようになって、最初に取った本が向田邦子である。
チョトでいい
ちょっとで…

1つ2つを読めば…安心する
と想いながら、止まらない

挙句は、手術した眼から涙がでるほど…
声を大きく出して笑ってしまう

これではせっかくの時間が、もったいない。
と想いながら、止まらない。
向田邦子は、人をよく見ている!