先日、行政機関から「こびる食堂の利用客数を教えてくれ」と言う連絡があった。
ふと、”なんだろう?”と思った
ひょっとしたら融資を依頼している金融機関からの調査だろうか?
それとも補助金の申請の参考資料か?
などと余計なことが頭のなかを駆け巡った。

よくよく聞いてみたら「農家レストランの利用者数の調査だ」と言う
こびる食堂が農家レストラン?

いぜんも産直と言うグループに入れようと言う行政の思惑があり
しつこく産直というククリに誘われた。
しつこく断ったが…

当店の売上は「農産物の販売」「食堂と弁当」「調味料という素材を活かす商品」
の三部門に分かれている。分けるほど大きくはないが…(泣)
(一部環境商品 シャボン玉石鹸等)

そんな中でこびる食堂を農家レストランというククリに入れて良いのだろか?
そんなことを思ったが、人にそう思われるのなら、
こちらの努力が足りないとだけだ

そこで確か「こびる食堂の求めるもの」を確か書き溜めていたと思ってファイルをめくった。
和食が世界遺産に選ばれた時に書いた文章が出てきた

2014年(平成26年)2月に書いた文章らしい

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こびる食堂の考える和食

 

「和食」が世界遺産になりました。

 

ちいさな頃、朝・昼・晩とご飯でした。
味噌汁がつき、漬物があり、塩漬けの魚や青物のおひたしがありました。
中学生の頃でしょうか?
時折出てきた麺といえば、「玉うどん」や茹でそばだけ、だったのに、

中華そばが出てきました。
同じ頃からちょっと前か、エスビーのカレー粉で作った自家製のカレーが食卓に登るようになりましたが、豚肉が入っているのはときどきで、魚肉ソーセージが入っているときもありました。そして時々失敗したのか、今でいうスープカレーのときも有りました。
そして高校を卒業して街ででると、ナポリタンというトマト味のスパゲッティが出てきたり、純喫茶というところで、トーストなどというものも
そういう意味では、昭和3〜40年代のころは、今の多様化する和食の大きな節目だったではないか?と思います。

 

多様化することによって家庭が父権主義の修行的な食事が、楽しい食事に変わっていったという良かった面もありましたが…

一方、楽しくて美味しいという食事が化学調味料や食品添加物によって変化を遂げ、また生産が遠いところで作られることに寄って、見かけの色や保存料で日持ちがして見た目がいいものが、どんどん増えていきました
それから聞いたことのない花粉症やアレルギーがどんどん増えていき、さまざまな規制によって、より一層の安全な食事がつくられるようになりました。
しかし、人間にとって食べ物とは、それから体を作りエネルギーを生み出す源泉でもあります。人間の身体は、水分とタンパク質で出来ております。
たんばく質を作り出すことのできない人間は、ほかから植物たんぱくや動物蛋白を取り入れ続けなければいけません。
動物タンパクは、すべて植物蛋白からつくられます、そういう意味では、植物が人間の体を作っていると言っても過言ではありません。

植物は、太陽光と水と二酸化炭素からブドウ糖を作り出し(光合成)根から吸われた窒素でタンパク質をつくりあげます。

水の循環(雨→地下水→川→海→雲→雨)や健全な土が必要なのです。

土は、有機物の塊です、植物や動物の死骸を分解する微生物が土を作ります。
無機物(石・金属・ガラス)は分解しません。また人工有機化合物(プラスチックなど)も分解しません。微生物によって分解した有機物が土を作り、また土は、固相・気相・液相の三相からなり、土の中にいる微生物に気相・固相は肥料や水を吸着して適宜に供給し、気相は空気を供給し微生物のバランスを保っております。

微生物が有機物を分解し、植物に供給し、それを食べた人間が出す糞を微生物が分解するという循環が成り立っております。

また空気も人間が吸うことに寄って二酸化炭素を発生させ、それを植物ブドウ糖と酸素と水に替え、また空気が作られるという循環になっております。

地球は閉鎖空間ですから、循環を考えなければ破綻してしまいます。
拡大だけでは行き詰まってしまうことは目に見えてしまいます

 

広がった食の空間も、もう少し基本に帰ってみようというのがこびる食堂のテーマです。

 

炊きたての御飯
出汁の香りのする味噌汁
旬という名の季節の小鉢
外国では食べない生卵や納豆の食文化
カレーや中華そばも和食になりました
そして野菜や豆やバランスの採れたメニューと
箸であちこちをつまむという口中調味という食べ方。 

一度、和食の食べ方を基本に戻って見たいものです