久しぶりに手術である(?)

幼いころから55歳に至るまで手術という名の術は、したことはない
柔術とか美術など、武術・芸術に関わることは、少しはある。
しかし、55歳からの人生は、手術の人生というしかない。

最初の手術は、心臓だった。
二回目の手術は心臓の真裏の大動脈瘤だった
三回目の手術は心臓のそばの食道がんであった。
四回目の手術は心臓から遠いが白内障である
五回目の手術は隣に移って、今回の白内障である。
親にもらった身体に、何度メスを入れたことか?

55歳までは、さまざまな病気や怪我も気合で治した。
そろそろ気合が切れかかったのが55歳であった。
人生の勢いが無くなったのも55歳ぐらいである
そういう意味では

「人間50年、化天のうちに…」と謡った信長の言うとおりだろう
(「敦盛」の真意は違うらしい…)
社会的な活動は。50までにしろということか…
振り返れは、少し遅かったような気がする

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とりあえず手術だ
鍼医は「白内障は、今は盲腸の手術と一緒だ」と言い
義兄は「盲腸の手術をしたが、開腹ではない、穴開けてやるだけだ」と言う

前回の白内障手術は「3時」からだった。
「2時46分」右目に点滴をした時にグラっと揺れた。
そうなのである。
3.11の東日本大震災の当日の手術だった。
8人部屋のベッドが、右左に揺れて病室は混乱を極めた
手術室から出てきた医者は、手術の手袋を脱ぎすてながら

「もうだめだ。手が震えて手術はできない」と言って中止になった
病室の自家発電のテレビは、ヘリコプターから実況の大津波の映像を流した
「これは大変だ!」と、急遽退院して歩いて帰った
信号も消えた交差点は渋滞し、北山トンネルの照明は消え、街には音がなかった。
それから40日後、再度手術に挑戦をした。

そんな因縁の白内障手術である
最初の白内障は、三泊四日だったような気がする
まわりの眼科医院は、ほとんどが日帰り手術だったのに、
「なぜだ!」と思ったが
今回は日帰りになっていた。いや日帰りを望んだのだが…

病院の食事は酒がつかない
下のコンビニも酒を売っていない
持ち込めばいいが…(気が弱い)
だから日帰りを望んだ。

白内障は、だんだんぼやけて視力が落ちる病気(?)である
これは、目が疲れて集中力が無くなる。
本が一気に読めないのである。
読みかけの本が机の周りに崩れそうな山となっている
片付けようにも、読み進められないのである
しかし、読みたい本は、どんどん増えていく。
これを解消するには、手術しか無いと決断をせざる得なかった。
苦渋の決断である。