定休日の朝、認知症の母をディーサービスに送り出して、店に出かける
まずは水やりである。

定休日だろうが、雨が降ろうが、槍が降ろうが、ハウスの中の苗は水をやらないといけない。
地面に植えてあるものなら、根を伸ばして水分をつかむのだが…
売り場のハウスでは、そうもいかない。
水やりをやって失敗する人が多い。
それは毎日毎日、「大きくなれ!おおきくなれ!」と大量に水をやるからである
いつも水分がそばにあると、根は安心して伸びない。つまり養分を吸う根圏が狭くなって、栄養が行き渡らないのである。
ズボラでやらないのも問題だが、過保護で期待はずれでは、親にとっては打撃が大きい。

植物を育てるのは、飴と鞭が必要な子供の教育と一緒である。

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また葉が広がっているベコニアや、ペチュニアなどは
いくら水をやっても葉に覆われて、土まで届かない
植物に水をやるのではなく、土に水分をやるのである。
基本を教えないで、応用ばかり教える物理や数学と一緒である(?)

そこで底面潅水である。
大体が苗が植えてあるポットの底には穴が開いている。
水をたっぷりとやると、不必要な分は抜ける穴である
ところが抜けるだけでなく、土が乾燥すると毛細管現象で水を吸い上げるのである。
これをやっておけば楽ちん。後は水を足すだけでいい。
ところが、これは水分過剰で根腐れを起こす。
やはり水の管理が大切であり、気が抜けない。
人間の食教育と一緒だ(!)

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こう考えていくと植物を育てる農業というのは、教育と一緒である

まして三歳までの可愛さで子どもは、親へのすべての責任を果たすという。
苗も楽しさは最初だけで、後はただただ背だけ大きく徒長したり、体重が増えて茎だけ太くなったり、ろくなことを考えない大人のように実がならなかったり、結局、次の世代に期待をかけるだけである。
人間は、何を学習しているのか?