すごい強風だった。

グオ〜グォ〜ギュォ〜という音が
屋根を叩く雨とともに
日曜日の午後、店中に鳴り響いた。

久しぶりに自然の脅威を聞いた日だった。
自然は素直に怖い。
自然とともに有るというが、この恐怖感には、共にあるというよりも
ただ恐れ、崇め、ひたすらに祈ると言うことだけだろう

三十年前、目の前で九十坪のビニールハウスが根こそぎ横倒しになったのを見た。
ハウスの中には収穫を待つ菠薐草が緑の絨毯を作っていた
収穫前の雨よけ菠薐草のハウスだった。
何をしたらいいかわからず、ただただボーッと風に持ち上げられ、たたきつけられるのを唖然として見ていただけである。
生まれてからその時まで、大きな自然災害というのを見たことがなかった。
目の前で自然の猛威と向き合ったのは、その時が初めてだろう
その時の風の強さが風速三十メートルと後から聞いた。
だから今、テレビで風速30メートルとか35メートルとか言うとあのすごいやつか?と実感する。

 

東日本大震災の時は、衝撃的な揺れは感じたが「津波」はテレビである。
入院していた病院のテレビは直後に自家用電源に切り替わりリアルに状況がわかった。
そのテレビの映像は、「すごい」としか言いようが無い
ただただ、自分のできることは何か?と考えたが…
自分で実感することは無かった。

 

テレビで視ることと、実際に見ることは違う
科学技術の粋を集めたテレビや映像は、他人事の劇場型体験である
そこには、「自分がそんな目にあったら?」と言う創造力が必要とされる

熊本大地震は、震源地の延長上に川内原発と伊方原発がある
地震に影響なく「順調に動いている」と報道しているが

「万が一」という創造力が働かないのであろうか…
この国は…
権力者にとっては福島原発事故も、権力のための劇場型事故だったのだろう

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