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庭に名前の分からない樹木が有る
途中から金色に光って伸びている樹木だ(奥の黄色の花びらはレンギョウだ)
ひょっとして金のなる木か?
と楽しみにしているが…
そういえば以前からうわさっている(盛岡弁)
(植えてあるということの他人形?「自分で植えたわけではない!だれかが植えたのだ!」)

母は、昔から植物が好きだったわけではないと思う
というよりも子育てに忙しくて、庭の面倒など見ていられなかっただろう
いつの頃だろうか…
多分、小生が大学のため北上の家を離れたあと、仙台の土地を売って盛岡に自宅を買った。
子どもたちも育って、何もすることが無くなったころから、植木や草花、お茶、習字などを習い始めた
50の手習いである。

いまでこそ認知症で、先ほど食べた食事も思い出せないが、このころは樹木や草花の名前を諳んじていた。
多分、今聞いても「さぁ〜、なんていうのだろうね」と片付けられるだろう

その金色の枝の木だが、魔子様がみつけてきた
母親が自分で植えた庭の樹木や草花を書き記した紙を…
色が黄ばんで、しわくちゃで、鉛筆の文字も薄くにじんでいたが、読める
しかし、肝心の金色の枝の木がどの名前か…わからない
本人が見ないと一致しないだろう
と言っても、本人も「さぁ〜」の状態だろう

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その紙の裏側をみたら、「建築士会」の通知だろうか議事録だろうか…
保険の案内が「青焼き」で書いてあった
父親宛の書類であった。

「青焼き」多分今の人は知らないだろう
当初のコピーは、原紙とコピー用紙を二枚入れてコピーするものだった。
そこには文字が青く印刷されていた。だから「青焼き」と言っていた。
コピーは「焼く」と言っていた。
笑い話のような実話だが
「これ焼いてくれ」と上司から指示されて、マッチで火を点けた奴がいる
「この伝票を回してくれ」と言われて指先でいつまでも回していた奴も…
「領収証を切ってくれ」と言った途端、ハサミを持ちだした奴とか…
小生ではない(念の為に)

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その頃は紙は貴重であった。
新聞紙で弁当を包み、新聞広告の裏をメモ帳や書道の練習用紙にし、その後も使った紙は焚付に取っておいた。
そうそうトイレの紙は新聞紙を揉んで使っていたが、トイレ用の柔らかい紙に変わった頃だった。
「ワラバンシ」という本当に藁で作ったと思われるような紙にテストが印刷してあった。

今のような真っ白いつるつるした紙は、皆無に近かった。
しかし、それは他国の森林を皆伐して作られた白い紙だったとは…

昔の人は「もったいない」「もったいない」と言って、すべてのものを大事にしてきた。
こんなに資源を浪費していると
もうすぐそんな時代が来るのかもしれない。