久しぶりに外へ出た
というか、いつもの配達や集荷ではなく、他者との関係性の集まりだ(?)
食文化研究会である。
今日は種採り農家の田村和大さんの圃場見学である。

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彼は大震災の時に東京から戻ってきて農業を始めたと言う
そして種の大切さを知り、自家採種に取り組んでいる。

以前、遠野で加藤宏泰さんという農業高校の先生が中途退職して始めた農園が有った。
その農園で見た野菜は、なんの野菜かわからないものばかりだった。
それが種取り用に作っていた野菜たちであった。
大根も…牛蒡も…人参も…蕪も…
根菜はすべて根に栄養を蓄え、十分に肥大した後、茎を伸ばして花を咲かせ、種をつける
だから普通の大根は花を咲かせる前のみずみずしい大根足(?)のようなものである
花が咲いたあとに、種をつける姿は、多くの人が見たことがない

関係ないが昔「だいこんの花」という番組があった。
”大根の花は白い”というイメージしか残っていないが、確か向田邦子のドラマだったような気がする。
そのせいで白い花と言うのは覚えているが、見たことがない

蕎麦の花が白いのは当たり前にこの付近ではよく見る
しかし、森のそば屋の高家さんいわく
「あの白い花が、蕎麦の花です」と言ったら
女子大生が
「うどんの花は、どれですか?」と聞いたという
いかに農業と食が離れていったかの笑い話のような実話だ

 

それで種取りである。
今の時代、売られている種はほとんどがF1(えふわん)である
F1というと、フォーミュラーカーレースのように思う人が大部分だが、違う
F1は、中学生の時にメンデルの法則を習った人は知っているだろう
一代交配種である
つまり、F1はその殆どが自家採種して蒔いても、同じものが収穫できない
という一代限りの種である
これは種屋が儲かるために作ったのではない
どんどん育種して美味しいもの、多収穫のもの、病気に強いものなどなど改良を重ねた結果、作られた種である
結果としてその性格を受け継がれた二代目は蒔いてもその性質は受け継がれなかった
優れた親には、駄目な息子というではないか…(?)
トンビが鷹を生んだとか…

結果として毎年種を買わなくてはいけないことになり、種屋が儲かり、農家が経費がかかる構造になってきた
ただ、それだけではない
種を自家採種する技が継承されなくなってきた
それ以上に
遺伝子組換え作物などの種は特徴を継承されるので自家採種が禁じられる方向に向いてきた

今まで農業は経費がかからない仕事だった。
種は自家採種、肥料は人糞尿や草木灰。エネルギーは牛馬や人力で、熱源は天日乾燥。
それがF1の種を購入し、窒素・リン酸・カリの化学肥料を買い、トラクターを石油で動かし、ハーベスターで刈り取り石油で乾燥させる
すべて金が無いと生産できない構造になってきた
そして人々が必ず必要な食糧だから、安く単価は叩かれ、差額を補助金で補うという構造ができた

その一番の素が「種」なのである。
それが世界の大企業が特許や実用新案で自分のものにすることに寄って、
食糧が農業が人々のものではなく、企業の利益の道具にされてきているのである。

そういうことに果敢にチャレンジしたのか知らないが(苦笑)
自家採種で野菜を30種類近く栽培していると言う

彼とはここ数年の付き合いだが…
よく考えて見れば彼の父親との付き合いが古い。
同じ異業種交流会のメンバーだった。
そんな父親との付き合いで、彼が東京から帰ってきた時に、挨拶に来てくれた

しかし、もう帰ってきて5年、実家の圃場を自然栽培で、種取りや野菜栽培で立派なカタチが出来たものだ。
若いということは素晴らしい力を秘めている
ただただ感動と感心の一日であった。

苦味が全く無い、芽が出てきた春うらら

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小岩井蕪という名の原種

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