IMG_1542

弁当の配達に行った。

12時に届けると言う予定の注文だった。
時間に間に合わせるという配達の強い意識を持って早く出た
意識が強すぎた。
着いたら11時半だった。

配達は気を使う。
5分でも遅れたら「遅くなって申し訳ございません」と言って謝り。
早く着いたら「渋滞に巻き込まれるかと思って早く出たので…」と言い訳をする

大体が先方も12時半から昼食と決めていても”たぶん遅れるかもしれない”と「12時」を指定する。
しかし、いくらなんでも、どこかの弁当のように2時間半も遅れたことはない。

しかし今回は、チョイわざと早く着いた。
有るところへ寄る用事があったのである。
「11時から調理実習をやっている」と聞いたのである
障害者の就労支援の訓練だという。
「調理をやると生き生きとする」
「食べることというか、作ることが人を変える」
と言う話を聞いたからである。

 

小生の学生時代は商社全盛の時代だった。
「メーカー」ではなく「商社」を選ぶ時代だった
商社に入ってから、同世代のメーカーの人間から「作ることを仕事にしたかった」
と聞いた時に「何を馬鹿な?」と思って目が点になった。
薄暗い工場の閉鎖空間の中で騒音と機械に囲まれ丸一日同じ人達と過ごす。
そんなイメージしか無かった。
父は建築工事の現場監督をしていたが周りには女性は少なく、仲間や部下は女性に縁遠く結婚が遅い人が数多くいた
そして野蛮で野暮だった。(当時は…)
それに比べれば商社は、キレイなビルで海外にも行けて、周りには若い女性がキャピキャピしていて、…
と思ったが、後から、それは虚像だと知った(泣)

 

転職人生のはてに
最初のイメージが壊されたのが「農業」だった。
「作ることは面白いのである。」
いや思う通りにならないから、自分で工夫することが面白いのである
会社組織では、自分の思うようにならない
上司の決済や、経営者になれば株主の承諾を得ないと何も出来ない
ところが農業は、自分で決めて自分で実行できるのである
それが「作る」ことに目覚めた最初であった。
そして農業は、最終的に食べるということにつながる。
食べるということは、作るという工夫の結果の評価である

う〜ん、これだ!

一日三食食べる。
三回も自分で創意工夫を重ねることができる
「調理は、創意工夫の塊である。」
魔子様は、こんなに楽しいことを毎日やっていたのか?
いつも鍋に切った野菜をぶちまけて味付けしているだけと想っていたが…

 

IMG_1544

IMG_1551 IMG_1553 IMG_1554

訓練生が3グループに別れ、食材の購入から調理、食事まで半日かけてグループ流の「もこもこ丼」を作るという実習だった。
「もこもこ丼」と言うのは、なんだかハンバーグに目玉焼きを載せて食べるものらしい。
おしりや、おなかや、元気に”もこもこ”となるからもこもこ丼というのだろうか
最近のメニューは、わからんことばかりだ。

失敗してもいいのだ。まずかったら食べなければいい。
そして、どうやったら食べられるしろものになるのか…
どうやったら、もっとおいしくなるのか…
創意工夫を楽しんでやることだ。
仕事が自分一人で短時間で完結できて、その評価を、周囲の人が温かい目でしてくれるのは調理しかない