少し発酵をきちんと勉強しようと思う
四〇代に島本微生物を勉強してから、ある程度は知っていたが、農業分野における発酵技術であった。
ところがやはり食に関しても、日本の食文化は発酵を抜きにして考えられない

そういう意味ではもう一度おさらいをしようと思って、やぎっこから見舞いにもらった「発酵食品」と
紹介してもらった「発酵学者の坂口謹一郎の名著「日本の酒」を手にとった

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「日本の酒」は、日本酒の技と文化と歴史を書いた名著だという。
こんな本が有ったのだ!とページをくくると冒頭から、頭をガンと殴られた

 

世界の歴史を見ても、古い文明は必ずうるわしい酒を持つ。
すぐれた文化のみが人間の感覚を洗練し、美化し、豊富にすることができるからである。
それゆえ、優れた酒をもつ国民は、進んだ文化の持ち主であるといっていい。
一人びとりの個人の場合でも、或る酒を十分に鑑賞できるということは、
めいめいの教養の深さを示していると同時に、それはまた人生の大きな楽しみの一つである。
「食らえども、その味わいを知らず」という中国の古い諺がある。
未熟者に対する戒めの言葉であるというが、「その味わいを知る」ことの難しさは、
我が日本の酒の場合、全く文字通りの意味で受け取らざるをえない。
世阿弥や、利休や、芭蕉や、光悦の生まれた国民の間に、昔から育まれてきた日本酒ゆえ、
それを完全に鑑賞するには、よほどの深い教養が必要なことは言うまでもないのである。

 

”或る酒を十分に鑑賞できる”ということは、どれぐらいの量を呑むのだろう?
呑めない人は、進んだ文化の持ち主ではないのか?
味わいを知らずに足元が頼りなくなるのは、いかがなものか…
深い教養は、酒を鑑賞できるようになってから身についたのか?

いろいろと疑念が沸き起こる

読みすすめるのが、楽しみである(?)