そういえば、あれから5年だ。
なんとなく震災に隠れていたようだが…

食道がんを手術して5年が経った。
5年前の秋の深い頃だった
なんとなく喉の奥に違和感があって、主治医(心臓外科医)に言った。
彼は、すぐわかったらしい。
彼は、僧帽弁閉鎖不全症と感染性心内膜炎の一回目の手術と
胸部大動脈瘤の手術と、二回も胸を開いてくれた。
手術後も煙草を離さない小生に
「貴方だけは、たばこをやめたほうが良い」と病院の喫煙所で諭された
主治医の彼も、その時は煙草を吸っていたのだが…

40年間の大量喫煙と過度の飲酒、食道がんは必然だった。
紹介状を書いてくれたのは、同じ病院の消化器内科だった。
若い医者は「多分…食道炎か?食道がんでしょう」と、食道がんに力を込めながらも、軽く言った。
本心では、がんだと確信を持っているような話しぶりだった。

それから検査検査の日々だったが
食道がんと確定するための検査だったような気がする
結果が出て呼び出されたが、「ご家族も一緒に…」と言われなかったので独りででかけた。
癌であれば小声で家族だけに話をするモノだと思っていたが…
心の片隅に”ガンではない”という願望があったのだろう
「ご家族は?」と聞かれたが、だれも一緒についてこなかった
彼は明るく「食道がんですね、放射線にしますか?切り取りますか?」と大声で言った。

秋が進み、暗く長い冬に入りかけた頃、病院から電話があった。看護婦からのようだ。
「お願いがあるのですが…」と切りだされて、術後の治療薬のモニターの話だった。
上の空で了解した後、術後それが原因だったのかもしれない難事に見舞われた

2月1日の術後、主治医は、切り取った食道を自慢気に広げて見せてくれた
「ほらはっきりとデーターを取らないとわからないが…。初期のようですね」という話だった
それからICUに移されたが、何故か、すぐICUは次の人が入るから軽症の人はHCUへ…と
白い壁の個室に移された。
その白い壁の狭いHCUでは、幻覚だろうか…
見慣れない大きな頭とメガネの小さな大人と、大きな這いずりまわる虫に悩まされ
しらずしらずのうちに「出してくれ」と叫んでいた
そのうちに携帯で知人に電話をかけて「殺される」と叫んだり、とりあえず一日が長かった。
以前の二回の開胸手術は、ICUを二日か三日で出されたが、三回目のHCUは一週間以上いただろう

ちょうど出てきたのが建国記念日のあたりだった、かもしれない

 

5年前の今頃、病院から生還してきて、店のストーブの前に座っていた。

食道がんステージ1は、5年生存率75%である。

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