ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

こうか

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黄香が、岩手町一方井の遠藤幸悦から出てきた
黄色いりんごは売れないという評判である
「林檎は赤だ」という思い込みがあるからだろか

黄香は、岩手県が開発した品種である

岩手県の農業研究センター情報によると「黄香」は、
「つがる」のめしべに「プリシラ」の花粉を受粉させた種を基に開発しました。
 2000年に初結実した黄香は、果皮色が黄色く果実の形が豊満で、硬い肉質と穏やかな酸味、独特の芳香を有した個性的なりんごです。
 黄香の収穫期は早生種「つがる」と中生種「ジョナゴールド」の端境期にあたる9月下旬です。
現在、この時期に収穫できる生産性の高い品種はなかったので、生産者が必要としていたものでした。
 また、黄香の果皮色は黄色なので、葉摘みや玉回しという赤く着色させるための栽培管理を必要としません。
従って「黄香」は、省力的に生産することができる品種です
下、ジョナゴールド

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林檎にいろいろな品種があるということは想像はしても
「八百屋」の店先でしか見たことのない人は、林檎は「りんご」なのだろう
東京の下町で育った魔子様は「赤いりんご」という言葉しか知らなかった。

小生だって、幼いころ知っていたのは
赤い「紅玉」「国光」
黄色い「印度」だけだったような気がする

 

転機

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「業界紙に、お前の写真が出ている」と先輩がメールに添付して記事を送ってくれた。
業界紙の記事は、同期の人間の出世話なのだが…
何故か写真の中では、小生が一番手前で、一番大きく写っている。どこへ行っても目立つ奴だ。
30前後のころだろうか…
アメリカに出張した時の写真である。懐かしい面々が一緒に写っている

ふと思った。
人生の転機という言葉を…
この訪米のあと一年後くらいだろうか、その会社を辞めた。
良かったのだろうか?
いや今のことを思えば、そのまま我慢していたほうが良かったのだろうか…
我慢して続けて入れば、今頃は都会の片隅で、孫に囲まれ年金暮らしだった。だろう
いや、そこまで順調に行っているだろうか…
なんせ、その会社は、辞めたあと他の鉄鋼メーカーの商社に吸収合併されている。
そのときに合併に反対する人たちから「一緒にやろう」と話がきたこともある

盛岡に帰ってきて、会社に入り、又東京に呼ばれ、又盛岡に帰り、
「Uターンではなく、Wターンです」と言って人を笑わせたのだが…
それぞれの時に、それぞれの転機があった。
4っつの会社に入り、4っつの会社ともに今は無い。
まさに一つ一つの転機が、ドラマのような展開だった。

 

高度成長期までは、一つの会社に務め上げることが最大の仕事だった
だからいい成績をあげていい学校に入り、良い会社に入った人が勝ち組だった。
だから受験戦争があり、就職戦線があり、出世競争があった。そして定年になった。
戦争だったのである。
多分本当の戦争が終わっても、日本人のがんばりは、別の戦線拡大にいったのかもしれない
そして勝った(?)結果が、現在の社会である。

良かったのか?悪かったのか?わからない。
が、良くはないと思っている。

ふと思う
一つの会社にいて務め上げていれば、それなりに良かったと思うのであろうか…
たぶん死ぬまで、わからないだろう。
いや死んでもわからないだろう!

赤の他人

イトコと呑んだ。
久しぶりに痛飲した。
みかんやで…

しかし、イトコは良い
兄弟姉妹は、近すぎて大変だ

この距離感
なんと言って良いのか…
血がつながっている遠い兄弟なのだ

ちょっと似ているが、全然似ていない
小さい頃は遊んだが、その後は違う人生を歩んでいる
考え方も発想も、ぜんぜん違う、「が」どこか奥深くには理解が有る

なるほど

 

さまざまな友人から聞く
「こんどイトコ会があるんだ」と、嬉しそうに言う。
なんだそれ?と思っていたが

 

料理にも「いとこに」がある
「イトコと似ている」からだろうか?
しかし、なぜイトコが小豆とかぼちゃなのだ。
赤の他人だろう

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*いとこ煮
順々に煮るということを「追い追い煮る」とあって、オイ(甥)オイ(甥)と通じるのでイトコだという

 

久しぶりに”いとこ煮”をつくるか…

あぶら

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カウンター席に座って外を見た
ここは、バイパス沿いの車の代理店である
”芋がどうした”というキーの電池が切れたらしい

そんなマークが、車のメーターのところに点いた
キーの電池は、自分で取り替えられるというが
そんなこと覚える時間はない
やることが多すぎるのだ

と言って代理店に行った
そこへ行くと、珈琲のサービスがあって、飴もついてきて、週刊誌も読み放題である
ちょっと息抜きではないが、息抜きである
キーの電池の交換だけではなく、定期点検もタイヤ交換も忘れていたことを思い出した。
スタッドレスはもう、今冬は役に立たないと言う。痛い出費だ。

スポーツ新聞をみていたら代理店の担当者が挨拶に来た
慌てて新聞を閉じた。
見てはいないが、女性の裸が載っているページが開いてあった。
そんな歳ではない。

世間話をして、アベノミクスで地方は疲弊して売上が上がらない話をえんえんとした
そして、盛岡の北は、良い車が売れるが廃車にする人も多いという
盛岡の南は盛南開発ブームに乗って、営業マン一人あたりの台数が多いと言う
先日、内山節さんが
「某◯ヨ◯自動車の悲願は、国内の営業が黒字なることと聞いたが…本当か?」
「それ日経新聞にも載っていましたが、うちも一緒です。
うちの営業拠点は北米・アジア・日本とヨーロパがありますが、赤字で足を引っ張っているのは日本だけです。他も一緒ですよ」
と言う
「それだけ国内では需要が少ないのだ。金も無いけと…」
「海外では、インドですね、インドは順調にと言うか急激に伸びてます。ウチも行っておりますが、軽のメーカーが強い」
「ス◯キだけだね、伸びているのは…」
「ぇ〜でも今年あたりは、ガソリンが安くなっていますから、北米の新車販売は好調のようです」
「しかし、原油は大丈夫なの?OPECが無理に下げいるから安いけれど…」
「今年度は、大丈夫と関係者は言っておりますが…来年辺りから少し上げ基調でしょうね」
「上がったら、一気に上る可能性があるよね」
「それは、そうですね」

枯渇する化石燃料の不安があがれば、さまざまな影響が一気に吹き出てくる可能性が…

じゅうなん

本当に、いやになった。
何回やっても、うまくいかない。
どのようにあがいても、思った通りにならない。

手籠めにして、むりやり愛人を囲おうと思っているのだが
思った通りにならない

パソコンの話だ

30代後半からワープロ。そしてパソコンと
キーボードとは30年近くの付き合いだ
キーボードが手垢で真っ黒になるほどの付き合いである
クレンザーを付けて、ブリーチにひたしたいと、想っていたが
それは「消しゴムで消せ!」と教わった
話が、それた

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Blogを書く時は、写真を見て妄想を膨らます。
それから、おもむろにキーを叩き始める
あとは勝手に、指先が動く
一本のブログは10分。長くても20分でかける
考えこんだりする内容だと、調べて確認しながら小一時間のときもある。それは僅かだ。
だから、ちょっと時間があると一本。
興が乗ると、また一本
ネタが貯まると、もう一本
とりあえず安倍内閣ではないが、粗製濫造であるが、息抜きのきばらしである。

その粗製濫造の気晴らしのBlogに、写真の入れ方がわからないのである
つまり、写真のアプリケーションからBlogへの移動がうまくいかない。
OS(オペレーションシステム)が変わったのである。
というか「簡単になります。無料です」という文句に騙されて、OSを変えたのである
「簡単になる」「便利になる」「費用はかからない」
三種の神器だと団塊の世代は、ほとんどが引っかかる
写真の移し方だけではない。有るはずのものが無くなったり。画面があっちゃこっちゃに動いたり、
何が何だか分からないシステムが組み込まれてしまった。
なんとか、わかろうと一生懸命キーを押した
今度は、その画面を押したキーが、どのキーか?わからない
つまり、前の画面に戻れないのだ
もう、イッパイイッパイ、ボタンを押しすぎたのだ!

こういうのを炎上というのだろうか
こういうのを自爆というのだろうか

たぶん新しいシステムは簡単になったのだろう
そして便利になったのだろう
しかし、それを知っている人は良いが、知らない人は前よりも難しくなった

若い諸君、老人を笑うだろうが、そのうち老いる
同じ過ちをする前に、教えよう

基本を覚えよう!基本を…
自己流で30年は長すぎた春である

*写真は無事、移せるようになった。
写真をデスクトップに書き出してからBlogに挿入すればよいのだと…亮君は教えてくれた。
その一手間がわからなくて、二時間のロスをして、多大なイライラをした(泣)

しかし、OSを作る人は、誰にでも簡単に受け取れることを考えているのだろうが
発信の発信の仕方を柔軟に知っている若者ばかりではない
「柔軟な情報」を発信する老人もいるのだ(?)

そして2時に

2時に目が覚める
いや、トイレに行きたくなって、目が覚めるのだが…
よほどのことがない限り、そのまま起きる

よほどのこと…
まだ二時間しか寝ていないとか
頭が重いとか…
身体が絶不調とか…
まぁ、体調不良か寝不足か?そんなことだ。

睡眠時無呼吸症候群の医者は、「4時間寝られれば合格」と言う
だから10時前に寝ていれば2時に起きても大丈夫なのだ
そうすると早く出勤するとしても
6時まで4時間は、自分の仕事ができる
7時頃、店に出るとランチタイムの後まで休みヒマがない
ようやく休めるのは午後の2時、忙しい時は3時過ぎまでノンストップだ
まかないは、玄米を出汁で煮て、その辺に有るものでふりかけを造って食べ、椅子に座っていると、猛烈な眠気が襲ってくる。

うとうとと15分ほど眠っていると、それから外へ出かけて様々な用事を片付ける。
いつの間にか閉店時間だ

明日の準備をして、店から帰るのが午後7時過ぎ。
それから、ダラダラと飯を食う
いや食道が狭まっているので、時間を掛けてユックリと流し込んでやらないとすぐ一杯になって量が入らないのだ

以前は、早く飯を食う、量をいかに多く入れるか?が食事の勝負だった(?)
つまり「しまった。食い過ぎた」と脳が認識するまえに、いかに量を入れるか?と言う勝負だった。

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今は認識するも何も、最初から入らないのだ。
ちょっと食べてため息ついて、ちょっと押し込んで一息ついて、
だからアルコールで流しこんだり、酒で食べ物の隙間を埋めたり、大変なのだ。
まぁアルコールはカロリーが高いので、少量で栄養を取るのに、これは最高の食事なのだ(?)
だから夕食は時間が2時間ほどかかる。と言って大したものを食べていない
茶碗蒸しを一つ、半丁の木綿豆腐の湯豆腐、半身の焼き魚、漬物を二三切れ、ぐらいである。
缶ビールの三五缶を一つに、モッキリを一つである。
こんな子猫の餌みたいなものを食べ終わると、朝早く起きたツケがくるのか眠くなる

IMG_0397そして2時に起きる。
6時までの至福の自分の時間だ。
そんな夜中に、外からコツ!コツ!と足音が聞こえる
それどころか、何かでガラス戸を叩く音
真っ暗な窓の外には、ぼぉ〜っと銀髪の老婆が立っていた

母だ。
母が叫んだ「部屋が荒らされた。早く来てみてけろ」
これで貴重な時間が、飛ぶ。

あめ

暴風雨の予報であるが
外を見ると真っ暗だが、音だけはするが雨は見えない
木々が揺れている音がする。
雨が地面にたたきつけられる音がする

都会に住んでいた時、会社に行くのに土を踏む感覚は無かった
それどころか、雨靴を履く風習もなかった
なんせ踏みしめるのは、アスファルトと、ビルのコンクリートと、電車の鋼鉄(アルミ?)の床、だけだった。
雨は邪魔者だった。

雨の日は、傘を持っていくか?持って行かないか?だけの判断だった
大阪で会社勤めをしていた時、事務の女の子は、商店街のアーケードから地下鉄に乗って、勤めているビルの地下に続いているので
「雨の日でも傘はいらへん」と言っていた。
都会では雨は、厄介者である。

 

農業の世界に入って、雨音が聞こえると嬉しいとか、ほっとする感覚が生まれた。
「田植えは、雨に限る」という若い農業者もいた
”雨が音を遮り、集中出来るのだ”と言う
農家は、今稲刈りである。
雨は邪魔者である
せっかく水田から水を抜き、地面を乾かして、1トンもの収穫用機械(コンバイン)を入れるようにしたのに
また長雨が続くと、元の木阿弥、大きな機械が重量で沈み込み、土を踏み固めて大きな轍を作るからである

しかし、本来のコメは、できるだけ長く水分を続けて補給したほうが、味がいいという

作業性を取るのか、米の質をとるのか?
それぞれの水田の状況と考え方に寄る。

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月別アーカイブ : 2015年10月