雑穀の畑である

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いや畑ではない。
水田に雑穀を植えて転作をしているのである
転作奨励金がでるからだろうか…
農協ぐるみで取り組んでいる
しかし、組織で取り組まないと難しい。
なんといっても種まきは良いが、収穫が大変なのである
お米の収穫にコンバイン(収穫用機械)を使うが、雑穀用には、できていない
雑穀は、米と違って粒が小さいのである。
だから米用のコンバインを使うとほとんどの雑穀は、地上に落ちてしまう
という話を聞いた
だから雑穀専用のコンバインを購入しないと、大変な労力を必要とする
そんな大型機械を導入しても、雑穀の値段は、収量が少なく、それに比して安い
大面積で合理化して栽培しないと採算に合わないのである
それを岩手県南の農協は、組織ぐるみでやっている

岩手を縦断している4号線沿いを走っても、雑穀畑はみたことがない
どこで栽培しているのだろう
と思いながら走っていたら、横道にそれた山沿いに畑があった。
4号線沿いの南北に走る平野部は、北上川の沖積土だから保水性も保肥性もある良い土である
そこに流れ込む川ぞいのところに栽培畑があった
やはり味の良いコメが取れるところでは転作はしていない

ところが雑穀は県南の文化ではない
岩手県北部の山沿いの小さな畑でほそぼそと作られてきた。
手作業だが家族労働で支えられる仕事だった。
県南は、餅文化である。
餅は低温につよく、商品になるような餅の品種は岩手県南が北限だった
食べる程度の餅は、県北部でも取れていたが…

本来、作物は地域の文化と密接な関係性を持っていた
それは、その地域の風土とともに作られていた
ところが「農政」と言う名の政治や経済性で歪められてきた。
こんどはTPPである。
グローバルという名のものに、地域の文化が根こそぎ破壊されてしまう
それでも「地方創生」という
政治は、やっていることと言っていることが違っても、平気らしい。

 

南部藩は、雑穀と豆の産地であると言う
雑穀と豆を共作していれば、凶作にはならない
どちらかが、収穫できるからである
ところが米と豆では、両方共に凶作になるという
南部藩は、ひどい飢饉に何度も襲われたのは、そのせいだという

自然とともにある暮らしは、続くが
貨幣とともにある暮らしは

金の切れ目が、縁の切れ目か?