IMG_0053

久しぶりに鷲の尾に行った。
鷲の尾は、岩手ではだれでも知っている酒だ
ところが酒を呑まない人は誰もが知らないかも知れない

なぜ鷲の尾というのか?
岩手山は別名、巌鷲山という
雪が溶け始める頃岩手山に鷲が羽を広げたような雪形がみえる
「その時が種をまく時期だ」と教えてくれる雪形である
それから取った名前が「巌鷲山(がんじゅさん)」である
鷲型のしっぽの麓にある酒造りということで「鷲の尾」と名づけている

一升瓶で28万本しか作っていない小さな酒造会社である
盛岡の北の八幡平市にある。(もと西根町と言っていた)
盛岡と八幡平市の成人の人口が28万人だから、一人が年間一升呑めば、会社が成り立つという
盛岡周辺でしか販売しないという、昔からの遺訓を守っている小さな優良会社である。
グローバル時代のローカルの会社である

そんな会社の悩みは、早生の酒造米である。
米作りの盛んなところは多様な米を作っているが、岩手は飯米しか作っていない(というか作れない)
山田錦というポピュラーな酒米は、宮城が栽培北限だという
そこで鷲の尾では、早生の品種の飯米「はなの舞(山形の銘柄米)」を自家生産している
銘柄米(コシヒカリ。ひとめぼれ、あきたこまち)は高く売れるが、銘柄に指定されていないものは安く買い叩かれる。
(岩手はコシヒカリは銘柄米に指定されていないので、価格は安い。しかし、気候の関係で生産できない)
だから近隣の生産者に生産を委託すると、買い叩かれて農家は、わざわざ安値段のものを作るハメにな。
だから、農家に損をさせるわけには行かなということで自家水田で自家生産をしている

その水田を、疎植イナ作研究会が見学に行った
メンバーは、米どころの新潟・秋田・宮城の篤農家たちである
東京のコメ屋が頭を下げて取引をしている農家や、60kを10万円で売っている農家や、収量で日本一になった農家が集まっている疎植イナ作研究会である。
彼らは、かわいそうになるくらいビシバシと強烈に指摘した。
以前、研究会に岩手の農家を連れて行った時に、そのあまりにも強烈な意見に見学先の秋田の農家は泣きだした。それを見て、岩手の農家は、「恐ろしい」と言って、その研究会に出るのを辞めてしまった。
自然とともに生きている農家は、打たれ弱いのである

しかし、彼らの批判は当たらない。
なぜなら盛岡以北は20年前は「政府米」の産地である
政府米という言葉は、久しく使っていない
ようするに食糧管理法が有った時代、この地域は作った分だけ政府が買い上げていたのである。
だから量さえとれれば、よかった。
というよりも味の良い銘柄米は、収穫出来なかったのである。
それを政府が買い上げ、米屋に降ろす。米屋はそれを混米して販売していたのである
その混米は、「一年間を通して味を一定にする」ことが目的であった。
今量販店やドラックストアで販売している米は「原価を安くするためにする」混米である。
以前の目的と技術はぜんぜん違う

そんな政府米地帯になぜなったのか?と言うと
岩手山から吹き降ろす冷たい風と、岩手山の火山灰土の漏水田と、流れ込む水が伏流水の冷水温である。
つまり肥料をやっても、やっても効かないのである
そして頻繁に冷害に合う
それなのに米を作る
米をたべることは、この地域の、いや日本人の悲願だったのです

そうした努力により耕作不敵地にも米が作れ、食糧管理法で流通するようになり、
昭和30年後半に自給率100%を達成したのです
飯米も自由にならないところで、200年もの間、酒造りをしている
また酒も、つらい労働のあとの美味しい文化(?)である
IMG_0060