粗食研究会に参加した。と言うか事務局として段取りをした。
粗食は、幕内秀夫が流行らした言葉だが…

この粗食は、間違いで、本当は疎植である
要するに「疎らに植える(まばらにうえる)」と言う疎植である。
正式名称は「疎植イナ作研究会」という。
元宮城教育大学教授の本田強先生の主宰である。

教育大学で、なんで稲作なのだ?とお思いでしょうが
教育学部の技術家庭の先生教えるのに「栽培」という科目がある
それを教える先生である。専門は「稲作」である

昭和40年代は、密植だった。
「イッパイ植えてイッパイ取ろう」という発想だろうと思ったら、それなりの「松島理論」というのが有ったらしい。
それに異を唱えて本田先生が唱えたのが「疎植」である
しかし、よく考えて見れば光合成は、葉っぱで行われる。
光合成に必要なのは「光」と「二酸化炭素」である
二酸化炭素は空気中にまんべんなくあるが、「光」は影になったら当たらない
つまり、疎らに植えたほうが葉っぱに当たる光が多く(集中)なる

疎植のほうが、生産効率はいいはずだ!

というのが本田先生の言い分なのだ!
ところが多くの人は、稲の成長過程をみて密植のほうが良いと言う
つまり環境から見た成長と、内部から見た成長の見かたの違いなのだろう

まして農家は田植え直後の水田が青々として春風になびいていると満足する
ところが疎植は水面しか見えない、本数が少ないので水面が勝ってしまうのである。
平成5年の大凶作のとき、超疎植で試験栽培をしてみた
最初6月の初め頃、多く農家が通りすがりに笑ってみていた。
「なんだこの田圃は?単なる水張り減反か」と笑われたものだが
凶作が確定した8月後半は多くの人が見学にきた
隣の田んぼが、反(300坪)あたり1〜2俵だったのに、そこだけ6俵から7俵の収量を上げた
(岩手の反あたり平均収量約500kg(約8俵)

そのような実績が有っても、農家は変わらない。変われないのである。
それは、「まわりの人と同じことしなければ…」
と言うようするに金縛りのような地域社会が存在するからなのであろうと思っているが…
また、早生の品種をうえても、雀などの害鳥は、真っ先にそこを攻撃する
つまり周辺と違ったことをすると、自分のところにが害が及ぶという意味もある

そんなこんなで今まで多くの人が、周囲とは変わった農業に取り組んでこなかったが
今回の疎植イナ作研究会は、変わった。

自然栽培の阿部知里君と、自家採種の田村和大君の圃場を見学したのである

阿部知里くんは木村秋則さんの自然栽培を実践している

IMG_0039

田村和大くんは、昔の五百万石と言う酒米を生産している

IMG_0064

 

ふたりとも、周囲の田んぼと違う手法や品種で、勝負を初めているのである
ふと今までの農村社会のしきたりが、これからどんどん変わっていくのだろう

と思わせるような取り組みである。
新潟から宮城から秋田から、各地から集まってきた稲作専業農家は、圧倒されながら

「あと5年後が楽しみだ」と言って帰っていった。

今までのしきたりが変わっていくのか、変えていくのか…
そんな予感がする研究会であった。

このような新しい試みが、思いがけない結果を生み出すことが有る
20年前に産直を初め、その5年前にアイガモ農法を初めたように…
それから時代は、大きく変わった