ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

ヴィヴィッド

取材が来た。
なんでも10月25日発行の雑誌らしい。
たぶん全国の本屋の平台に重ねられるのだろう!
と思ったが、見本紙を見たら岩手のことばかりである。
どうやら千葉の本屋には並ばないようだ

その雑誌の10月号は、新米特集である
新米のおにぎりの特集らしい
当店の「玄米おにぎり」と「赤飯おにぎり」を掲載するという
それとついでに、新米のご飯にかけて食べるもの!と言う

当店の自慢の生卵と、当店オリジナルの「たいこばん」を載せたいと言う
先日取材の約束をしていたが、鍼医での大出血で足首を血だらけにして中央病院にかけこんだせいで、キャンセルをした。
そのお詫びに、出来るだけのことをしてあげようと固く心に誓った
(誓わなくてもいいが、広告宣伝になるので頑張った?)

当店の卵は二種類ある。
うたがき優命園の自然卵と、同じ江刺の黄金卵である

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黄身の色がクリーム色の薄いのが、うたがき優命園の「自然卵」である
(ご飯に乗っけて醬油がかけてある)
白い茶碗に乗っているオレンジ色の卵が「黄金卵」である。

なぜ黄身の色が違うのか?
それは餌の違いである。
自然卵は、それこそ農場に自然に生えている緑餌をタップリと与える
黄金卵は、動けない金網のケージで育てられ配合飼料を与えられる。
緑餌には色といえば、葉緑素の緑が多い
配合飼料には、書いてはいないがパブリカのような赤い色素を含んだものが含まれている
(別に食品添加物として規制されているものではない)

ようするに自然卵は、そのへんに生えている自然の草を多給している
(その辺に赤いパブリカがイッパイ生えていれば、黄身はオレンジ色になるかも…)
通常売られている卵は、食欲をそそる、見栄えを良くする、ために赤い色素の添加物(?)を人為的に入れている
そして生産効率を高めるために、さまざまな工夫がなされている。

しかし、それぞれの卵にも言い分がある
個人経営の小規模農場の自然卵は、鶏が動き回るから腹が減り、エサ代がかかるから高価だ
企業経営の大規模農場の卵は、動けないように金網で大量に飼っているから安価だ

どちらを選ぶかは、消費者の勝手だが…
選ぶための情報だけは、提供しなければ…

 

生き物は、食べ物に影響されるのである
自分の子供を見てみたら、納得するだろう(?)
食品添加物多給の団塊の世代から生まれた子どもにアレルギー体質が多いのも…

食べ物は、すぐ影響を与えない
効率化・合理化の企業経営の農業は、団塊の世代から壮大な人体実験に入っている。
そして企業経営の農業は、枯渇する化石燃料のエネルギーで成り立っている。

はよいこ

いつもは余裕を持って作る魔子様が、今日は慌てている

「ちゃんと確認したのに…」とブツブツ言っている。
どうやら弁当の具材の数量を間違えたのである
前日から、すべて手づくりでつくるので、数量を間違えるのは致命傷である
今回は、30個つくらないといけない”里芋コロッケ”を29個しか作らなかったらしい

慌てている
「あんなに勘定したのに…」と言いながら
「あれだけ数えたのに…」と嘆きながら

こういう時は近寄らないほうがいい。何が飛んで来るかわからない。
梅さんも。そーっと離れた。
しかし、その手際の良さは人並みではない
鬼神もかくあるべしと言う、その神業で、あっという間に作り上げ。なんとかぎりぎり間に合った。

ギリギリと言っても魔子様はギリギリだが
小生は、二件の配達なのだが、余裕だ

駅裏ビルの一軒と郊外の学校、両方共、店から片道15分だ
しかし、そのビルと学校を結ぶ道は、20分ぐらいかかる
途中で田楽茶屋で集荷をして…
などと考えて、十分な余裕を持ってスタートした

配達時間は11時と11時半である。
一軒目は郊外の学校である
担当の人がにこやかに対応してくれた

晴れた良き日である

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さて次は田楽茶屋で集荷をして…
そこでもう一度確認をした。
配達先と時間を…

「11:00配達」とある
今、11・00ちょうどである

あれぇ〜
時間を取り違えた

どうやら11時に駅裏のビル
11時半に郊外の学校だったのを
先に学校に行ってしまった。
取り違えたのである

慌てて伝票を見た
そこにはビルで待っている担当者の携帯の電話番号は載っていない
「しまった。連絡のしようがない」
とりあえず店に電話をして魔子様に指図
「担当者の携帯の電話番号をさがせ!」

そして向かった道は、渋滞である
いつも5分で通り抜ける道が、なんと20分もかかってしまった
魔子様から電話
「”少し遅れます”と連絡しておいた」
すこし、安心。
しかし道は、まだまだ渋滞が続く
ようやく流れがスムーズになってきたところで
Nboxのアクセルを踏み込む

しかし、駅裏ビル到着は11時40分
ビルのフロアーに、弁当を待っている人は見当たらない
魔子様に電話
「携帯番号は、聞いたか?」
「〇〇◯-〇〇〇〇-〇〇〇〇」

 

階上から降りてきた担当者はにこやかに
「ご苦労様でした」と言いながら
違う場所の階下で待っていた人は
「はよ!いこ!」と一顧だにしない。
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ぬめり感

両国の橋のたもとに「いせき」と言うどじょう屋がある
もう、30年以上も前のことであるから、今もあるかどうかわからない
有名などじょう屋であった。
ふうふう言いながらドジョウ鍋を食べた思い出がある
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どじょう汁を食べさせるというのででかけた
行き先は大宮神社だ
大宮神社は埼玉だろうと思うが、盛岡の本宮にある
なんでも昔から夏の例大祭のときの直会に、どじょう汁を振る舞ったというのである
大宮神社は、古い神社である
岩手で一番古いと言う、格式の有る神社らしいが、大分寂しくなっている
まぁ今の神社は初詣と七五三で成り立っているから、高齢化した農村で神社は流行らないのだろう
それよりも、やはり
”高齢化した農村では葬祭業としての寺が、これからの産業としては有望だ”
と月間「住職」に書いてあったらしい。
ちなみに”週刊「副住職」”には、ピークは30年後だという。
(小生はデーリー「寺男」の愛読者である)

 

なんだか話がそれた
その大宮神社は、豊受の大御神を祀ってある。食の神様である
食の神様が、なぜどじょう汁なのか知らないが、いつのころからか、どじょう汁を振舞っているという。
昔はどじょうは、田んぼや小川のあちこちにいた。
顔が汚いが清流が好きなのだ。(小生と似ていると言わないでくれ)
それが農薬や生活排水で汚れ、今は養殖物や台湾からの輸入物しかはいらないと言う
それを、なんとか安定的に入手できないか?ということと、どじょうが住める環境づくりで地域が変わらないか?という話らしい。

ちょっと、おもしろそうだ

女性の宮司だが、女性らしい視点で、いろいろとこまやかなアイディアを巡らしているらしい
どじょう汁は、味が美味しかったが、どじょうのぬめり感がちょっときになる
両国のいせきは、30年前の記憶であったが、もっと大きくてもぬめり感は無かったが…

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ひとさまにはみせられない2

右足首を血だらけにして入った救急センターは空いていた。
看護婦が用意した車いすに乗って扉を開けると、大勢の医師や看護婦が寄ってきて

0-90口々に叫ぶ

「どこで怪我をしたのですが」
「なにかぶつけたの?」
「切ったのか?」
一方的に質問を浴びせられるが…
いちいち答えられない。
どうやら事件性や、業務災害の対応のようだ
しばらくしてようやく質問が出尽くすと…

答えた。
「かさぶたが、やぶれた」
「かさぶたは、なんで出来たの?」
「そんなこと知るか!」

車いすからベッドに移され、点滴を繋がれ、血圧計をまかれ
「ずいぶん細いズボンをはいているね
ズポンは切り裂かないと、ダメだね」と看護婦。
「えっ!脚は切っても、ズポンや切らないでくれ」
「なにか?ビンテージなの」
「いや!びんぼーで、一張羅なのだ」
「ケラケラケラ(笑)」0-89

足首にビニール袋をかぶせ、汚れないようにズボンを脱がせ、鍼医で巻いてくれた包帯をとった。

「わっ!すごい!まだまだ飛び出る」
またわっっと人が集まる
「そら新しいガーゼ!」と言いながら若い体格のいい看護婦が傷口を押さえる
「イタ!痛い!イタタ!」
ものすごい力だ。
傷口が抑えられるよりも、足首が折れそうだ
「ちょっと我慢して…」
長い時間抑えられたような気がするが…

またガーゼをはがすと
「あれ!駄目だ。ダラダラとにじみ出る」
そしてまた強烈に抑える
「イタ!痛い!イタタタ」
”もっと若い女の力の弱い看護婦はいないのか?”

それでもにじみ出る。救急センターに入って1時間は経過しただろうか
そのうちに何件か救急患者が入ってきたのだろう
静かに分散していった
若い医師が来た。
「何を呑んでいるの?」
「黒角を…」
「えっ?」
「昨日は水割りで…だからスコットランドに黒星で…」
「いや薬のことだよ、血液さらさらのワーファリンなんかは…」
「呑んでいません。薬はこちらからもらったものばかりです」
医師は、パソコンの画面を見て
「ワーファリンは呑んでいないけど、同じような薬を処方されているよ」
「通りで血が止まりにくと思った。髭剃りはいつも血だらけなんです」
「今日は止まらなかったら、焼くか縫うかして止めるから…」
「今回はひと針縫いましたので、近くの皮膚科で、二三日後抜糸してください」
「近くの皮膚科は行ったことがありません。病院はここだけです」
中央病院は、基幹病院であり、通常の通いの病院は近くの医院である
しかし、近くの医院は行ったことがない
中央病院の中でたらいまわしではないが、紹介状をもらってあちこちと回っているのである
今回は最後の牙城「皮膚科」に行くことになった
これで霊安室をのぞけば、全科制覇である。

 

迎えに来た魔子様と救急センターの扉を開けた途端。小生の顔を見て
「オバラ先生!オバラ先生!」と大きな金切声で叫ぶ女性が…
「いや、オバラではなくて入道ですが…」
「早く呼んでオバラ先生」
驚いて立ちすくむ魔子様。小生も気が動転
すぐ救急センターの扉を開け出ない声で叫ぶ

「オバラ先生」オバラ先生」

救急センターの医者と看護師が全員振り向く
「そらストレッチャー」と言いながら
女性のそばでうずくまって、泡を吹いている少年をストレッチャーに乗せて運ぶ。

まったく油断も隙もない。どこでサボっているのだオバラ先生は…

ひとさまにみせられない

シャワーを浴びた、
ここ2〜3年シャワーをあびるのが好きではない。
なぜなら、痩せたからである。
デブの頃は、汗かきの暑がりだった。
だから、しょっちゅうシャワーを浴びた
痩せたら、分厚い脂肪の肌着が脱げて寒いのである。
まして秋の気配を感じるこの頃、シャワーなど浴びたら風邪をひく
それよりもタップリとお湯を張った湯船に身体を沈めて…

というのだが今日は違った
眠いのである。
眠気を覚まさないと起きていられない
呑み過ぎたである。と言っても缶ビールを一杯ともっきりを半分ってなもんだが…
なんといっても10時30分キックオフのスコットランド戦をみないことには…
きっと勝つ(キットカットというお菓子が有った、だからなんだ?)
風呂に入ってシャワーを浴びた、寒いが無理して熱いのを浴びた
ふと下を見ると、風呂の床が真っ赤になって汚れている
なんだ?これは?なにか、こぼしたのか?

血だ!

じっとみていたらなんだか身体から流れ出ているような…
ひょっとしてメンスか?
いや、ぶら下がっているものを確認した
寒さで縮こまっていたが、ぶら下がっていた

ひょっとして、痔が切れたか?
穴に指を突っ込んだが、なんともない

 

えっ!どこだ?
身体をひねり、足を上げ
こんな姿人には見せられないとおもいながら、
どこから流出しているのか…
探した

みつからない
動くたびに風呂の床が
風呂おけが…
真っ赤に汚れた

ここまで来たらじっくり考えようと
風呂場の洗い椅子に腰掛けロダンの考える人だ。
ふとみると、左足が血に汚れている
右は、なんともない
よく見ると
クルブシのところから細い糸のような血が
ヒューッっと30センチぐらい飛んでいる
えっ?これか?

どうやら、ここ数日間足がむくんでいる
そのむくんだ足に溜まった血と滲出液が
クルブシのかさぶたから飛び出してきたようだ
かさぶたも熱いお湯で柔らかくなっていたようである
そういえば一ヶ月ぐらい前もそんなことが有った。

そのときは太さが二ミリぐらい有っただろうか
慌てて抑えて止血した

今回は細い。
じっと見ていた。
20分ほど経っただろうか、相撲ではないか「勢」が衰えない
もうすぐキックオフだ

二階で寝ている魔子様おこす

「おい」「おーい」「おいおい」

声が通らないのに、浴室から聞こえるバズがない
しかたがない
足首を抑えながら、脚を引きづり、全裸でころがるように二階のドアを叩いだ
こんな姿、人さまには見せられない
アダルトビデオでも、でてこない格好だ。
(アダルトビデオは大阪時代にスナックでしか見たことがないが…)

ようやく魔子様と止血をして、スコットランド戦をみることが出来た
「黒角」を呑みながら
終わった後、「白角」にすればよかったと痛切に反省した。

翌日、鍼医に行った。
鍼医はアメリカに教えに行っているので、息子がいた
しかし、車を降りた途端、足首が真っ赤である
止血に包帯を巻いて靴下を履いていたが、真っ赤である
玄関に倒れこみ息子に言った

「今日は、鍼ができない」当たり前だ
鍼を挿したらまた吹き出す

息子と母親がでてきて足首を抑えて言う
「ガーゼないの?」「包帯は?」
「バンドエイドは?」
鍼医は、西洋外科医学の道具は常備していないようだ

そのうちに
「これは動脈がやられているよ。この血の色は…」と母親がい言う
「おれ、外科は苦手なのだ」と看護師の勉強をした息子が言う
「とりあえず医者に行って…」

サンダルと傷口のタオルを借り、車を運転していつもの中央病院である
なんだか足元がチャプチャプしていたが、救急センターの窓口の電話で言う
「出血がとまらない」

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出てきた看護婦は、驚いてレジ袋で足首を包み込み、車いすに乗せ
「歩いてきたの?」「独りで?」

「そうです」

「あら床が血で…
受付で言えばいいのに…」

どうやら床が汚れたことを心配しているようであった。

べんとう

 

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松茸が豊作だ。
なんといっても当店にまで出回るし、多くの生産者が「余ったら食べて」と言う(願望)
産地である岩泉は、業者が買い求めに行くので地元で売り切れてしまうが、その他はやはり地元ではなかなか売り切れない。と言うか、高すぎて売れないのと

”そのうちに拾うから…”
”そのうちに貰うから…”
と言って、買うまでにはいたらない。
「ひろう」という感覚は、都会ではない。
ちょっと車を止めて山に入れば、さまざまなキノコが採れるのである。
まさに”拾う”という感覚である
あまり興味ない人でも、今年は「松茸を、ひろった」と言う
そんな人々に大学では農業経済を教える
資本主義の拡大貨幣経済を教えていいのか(立腹)

貨幣経済を教えて稼げないことを嘆くよりも、
拾うという感覚で自然の恵みを享受するほうが豊かだと思うのだが…(主張)

 

心配している人がいる

「3.11の大震災の前年も大豊作だった。」と言う

人間は忘れる動物だというが、それ以前の豊作の時はすっかり忘れている
それ以前の豊作の時は、息子が中学生だった。
多分、まだテントハウスで営業していた時だったかもしれない
魔子様が、弁当をもたせた
松茸ご飯の弁当だ。
シャイな息子は、恥ずかしくて弁当を隠して食べたという

 

魔子様の弁当作りの原点は、子どもたちへの弁当作りに有った。
三人の子どもたちに弁当を作り続け、ようやく終わったと思ったら店の弁当作りだ
まるで、弁当のために生きているような人生だ(?)
そのまた原点は、子供の頃、共稼ぎの母親が造った弁当を新聞紙で隠して食べたという
「茶色の弁当だった」と魔子様は語る。

当時は当たり前であった。
弁当といえば日の丸弁当、ドカベン、などあまりイメージがよくない

「土方弁当」の画像検索結果
日の丸弁当は、”軍服姿の右翼の人が持っていく弁当だ”と
戦争法案に反対した若い人は思っているだろう
日の丸弁当とは、白飯に真ん中に梅干しが一個乗っかっているだけである。

じっと見て、酸っぱい唾が湧いてくるのをまち、それでご飯をかき込み、
その内に梅干しの肉で大量のご飯を、かき込み、
最後に梅干しの種をなめなめしねがら、かき込み、
そして最後の最後に、お茶で弁当箱を洗い、張り付いたごはん粒を種で落としながらすする、

と言う正式な裏千家の流儀があるほどだ(嘘)
白飯だけでも美味しかった。
昭和30年代の田舎は、大根や芋を混ぜたカテ飯だったという

 

「ドカベン」は漫画だと思っているだろうが、
漫画を知らない世代に、漫画を見たことのない小生が、あまねく多くの人に偉そうに教える
土方弁当を食べるズングリムックリした体型の野球少年の山田太郎が登場する漫画である
山田太郎というと「新聞少年」を思い出す人は、団塊の世代である
新聞配達の少年のことを言う唄だ。
「朝刊太郎と、いうんだぜ〜♫」というフレーズが耳から離れない
当時、中学生や小学生のアルバイトに新聞配達が流行った。
たぶんY新聞のワタナベの差金でなかっただろうか…
野球少年の山田太郎は、その後だ。昭和40年代だろうか?
なんだか、内容が外れた

 

土方弁当箱とは、底が深い、ご飯がたらふく入る弁当箱である
多分二合は、入っただろう。早弁ように多めに入れてあった。
おかずよりも米の飯、それも量が問題なのである
だから「深夜食堂(漫画)」のタコウィンナーなどは、まだまだ出ても来ない
小生も当時、流行りの薄い弁当箱が欲しかった。
しかし、造ってくれたのは深い弁当箱に煮物が入って煮汁がご飯に染み渡り、漏れて包んだ新聞紙まで汚れ、嫌いな音楽の教科書まで染み通っていた。
引っ越してきた岩手で驚いたのは、その弁当箱を集めて教室のストーブに載せるのである。
(そのような「弁当ストーブのせ網型容器」が有った)
そうするとストーブが盛んに燃え始めた三時間目の教室には、匂いが充満した
「だれだ、凍み大根の煮付けをおかずにした奴は?」
と言って怒られながら温まった弁当を食べたものである

 

人間は忘れる動物である
貧しいながら楽しい弁当だった。
美味しい弁当だった。
愛情のこもった弁当だった。
そんな弁当屋は、当店しかいない(?)

IMG_0011 松茸弁当
IMG_0005  黒米栗ごはん弁当

真っ赤な胃

「真っ赤な胃」をしている
腹いっぱい食べると胃が赤くなる
ということではない

間違えた
「まかない」である
「賄」とも書く
ようするに厨房で作業する人たちの食事である

学生時代、料理屋で皿洗いのアルバイトをしていた時
「まかない!」と言って出された料理は、ありあわせのものをだったが、美味しかった。
ありあわせのものが無いときは、近くのお茶漬け屋で食べさせられた
それでも外食で、普段家で食べている「お茶漬け」というジャンルが有り、
それが、ことのほか美味しいというのを知り、茶漬けは、お茶をかけるのではなく、出汁をかけるということ初めて知った。
その料理屋の若い料理人たちは、ふと気が付くと自分でステーキを焼いて食べていた。
羨ましいと思ったが、今になって考えてみると、
あれは黙って、厨房の金をくすねて自分たちだけで食べていたのだろう
その料理屋も、消えてなくなった。

当店のこびる食堂は、まかない料理は無い。
というか、あまりものの麺類を食べる。あまりものであるが、量は大盛りである。
また玉子焼きの切れ端や、料理の残り。ささまざまな小鉢が並ぶ。
いつも食べきれないで残す。もったいないと思うのだが…
量が多すぎて胃袋に入らないのである。
ところが小生だけは、自分で作る
ステーキではない。「玄米粥」である
麺類はよく噛んでも、粉々にならないから、慌てて食べると食道癌の手術跡に引っかかる
”麺をよく噛んで”と言うのは、日本人らしくない
「麺は、ずるずると、すするものだ」という意識があるからである
だから、うどんとか、そばは、ゆっくりと時間のあるときに酒を呑みながら、じっくりと食べるというのが基本である(?)

「きらほ」と言う、滝沢の武田哲くんの合鴨で除草した無農薬玄米おにぎりを販売している
単純に圧力釜で炊くのではなく、長年の創意工夫のもとに「もちもちの玄米」である。
低アミロースだから、もち米のような感じであるが、炊き方によってはその特徴がいかせない
それを長年の工夫でいかにモチモチ感をださせるか工夫に工夫を重ねたおにぎりである。
それの売れ残りを冷凍してある。(「玄米」と書くと、あのパサパサの…と言って売れない)
それを解凍して鍋に入れ、ありあわせの残り物の食材を乗せて塩を振る
のが基本パターンである

本日のまかないは

日本酒に浸した干しエビを元にした中華スープで、玄米を煮詰めて、とろろ定食の残りの山芋をかけ、小口切りの葱をのせ、最後に三ヶ月ほどを大蒜に浸けおいた当店オリジナル醬油「醬次郎」をかけまわし、最後に太白胡麻油をたらした中華玄米粥である。

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大金星

https://www.youtube.com/watch?v=OSC64mlK1Lg

朝から感動の連続だ

そういえば昨晩、飯を食いながら
と言っても残り物のエノキの煮物、湯豆腐、茶碗蒸しだけだが…
追加(?)で缶ビールを一つ

部屋にはいろうと思ったら「ブラタモリ博多編」だった
ので、又追加で熱燗を一本
「櫛田神社がでてきたので、”かろのうろんや”が出てくるかと思って」
またまた追加で熱燗を日本

そのブラタモリの前だっただろうか…

「ラグビーワールド杯 生中継。明日早朝に南ア戦」というテロップが流れていた
魔子様に「このテレビは、BSは映るのか?」と聞くと

テモトの 長細いスイッチで「BS」と言うところを押せばいい
と言う返事だった

テレビはいつも1チャンネル、ニュースしか見ない
地方紙は購読を止めた。
世界情勢も、地域の情報も入ってこない
ネットだけが頼りだが、これも玉石混交
(マスメディアと一緒だ。こちらの情報解読力が問われる)

まぁ南アだったらボロ負けだな!見なくても…
と酔っ払って寝たのに早起きした。
しかし、すっかり忘れている。
コーヒーを淹れ。パソコンの電源を入れ、twitterを操作すると
「糸井重里」が「大金星」とツィートしている
次から次へとさまざまな人が「大金星」の連発
「エッ!まさか?」
と半信半疑だが、「接戦の勝利」でなんとなく本当かも?

そのうちに流れてきたユーチューブが冒頭の画面である

ラグビーのイメージは泥臭いスポーツだった。
男たちが泥だらけになって長いパンツをはいて地面を転がっているイメージだった。
小生たちが現役の頃。早稲田の展開ラグビーで国立競技場が一杯になり
また新日鉄釜石の7連覇で、不動の人気を獲得したように思ったが
その後サッカーのプロ化でサッカー人気に押され
長い低迷期に入ったいたように思う
しかし、着々と力をつけていたのだ。

活躍したフルバックの五郎丸は、名前が珍しかったので高校の時から知っていた
佐賀工業出身で早稲田に入った。今は先日甲子園で活躍した清宮幸太郎の父
清宮監督が率いるヤマハ発動機だ。
彼のトライ後のプレースキックの正確差は評判だったが
あの蹴り方は、早稲田の植山がサッカーのキックを真似て初めたのである
それまではつま先で蹴るトォーキックで、正確であるが距離は飛ばなかった。
植山が初めたときは度肝を抜かれた。ハーフラインからゴールを狙ったのである。
それから、ほとんどのプレーヤーがそれに変わった。
小生の時は、短い距離は正確さを、長い距離は飛距離を、と二つの蹴り方を練習したものだったが…
そんなことを思い出した久しぶりの五郎丸の活躍であった。
(いつも活躍しているのだろうが、殆ど見ていない(泣)

ただただ嬉しい
なんとかこの話題が続いて欲しいが…

 

 

バター不足

これは何に見えるか

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多分、多くの人は、国会前の戦争法案強行採決反対コールする大群衆にみえるだろう

そんな訳はない。

これは。大豆バターである
大豆バター?

ようするに、大豆のバターである
バターとは、牛の乳から作られるものと多くの人が思っている
これは大豆から作られたバターである

大豆は、当店の特選。「秘伝(北上産)」である。
それで醬油を絞りしぼりかすを牛に食べさせてミルクを絞り
それから造ったバターである

と言うのは真っ白な嘘

まるで自民党政権のような憲法解釈の嘘である

これは、秘伝豆を茹でてフードプロセッサーにかけ
それに〇〇バターを混ぜあわせ、佐藤敏夫をふりかけているものである
佐藤敏夫→変換の間違い「砂糖と塩」
砂糖が多いとカスタードクリームのようで、塩が多いと味噌みたい(?)

レシピ通りにつくると糖尿病になりそうなので、砂糖を半分に抑えてみた
もう少し抑えて、大豆と混ぜあわせたと言うイメージのバターにしたい、
バターが不足しているのだから…

むかし、まだまだランドセルを背負ったいた頃の話だ
ご飯の上にバターを乗せ、その上に甘い桜でんぶをふりかけたのが好きだった。
あまいクリームのような味がした

鬼灯

魔子様が「”おにのひ”って何?」
母親のデーサービスの連絡帳を見ながら言った。
横から覗きこむようにみていた母親は「なんだろうね〜”オニノヒ”って?」

 

週に1回デーサービスに通っている母親が戻ってきた。
まるで幼稚園児に戻ったように、毎回ディーサービスの出来事が記録された連絡帳を持って帰って…
それに食事の内容と水彩画の教室のテーマが書いてあった。
水彩画の欄には「鬼灯」と書いてあった。
書道をやり、水彩画を得意としていた母は、いつもぼめられるらしい。
いつも水彩画のことを聞くと「褒められた」と嬉しそうにいう。
しかし、ほんの数時間前のことを忘れている
魔子様が問う「今日は何を書いてきたの?」
「そおね〜、別に描いてこないよ」
魔子様がスケッチブックを取り出して
「ほら、ほおづきが描いてあるわよ」
「あら本当だ。」
「ホンモノを見て描いたの?それとも写真?」
「どっちだったか?わたし描いたの?」
「ほら、おばあちゃんのスケッチブックよ」
「そうだね。わたし描いたの?」
「ほら、今日の日にちまで書いてある」
「あらそうだ。わたし描いたの?」

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認知症の忘れっぽさはすごい。
母と話していると、今話したことをオウム返しに聞いてくる。
それを辛抱強く答えていると、すぐに30分や小一時間過ぎてしまう。
だんだん飽きてきたのだが、デーサービスでは、
同じような老人たちが、同じことを何度も繰り返ししゃべっているのだろうか?

認知症の母親と話していると、こちらまで忘れっぽさが伝染るような気がする
「おい!売上金知らないか?」
「知らないわよ」
「たしか〜さっき勘定したのだが…}
「だったら、そのへんにあるでしょう?」
「いや、さっきから探しているのだが、見つからないのだ」
「さっき有ったのなら、どうせ家のなかよ」
「いや、そうなのだが…見つからないのだ」
「どこを歩いたの?」
「トイレとキッチンと…書斎だけだが…」
「じゃあ〜大丈夫よ。どこからか出てくるわよ」
「いやぁ〜しかし、もう15分も探しているのだ。そろそろ眼科の視野検査の予約時間だ。」

あきらめて車に乗ってすぐ、魔子様からCメール。
「ありました。机の上に!」

重ねた本の下にあった。

月別アーカイブ : 2015年9月

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