最近本屋に行くことはない
なぜなら、読む時間がないのに本を買い求めてしまうからである

鍼医のそばに、全国チェーンの大きな本屋ができた。
そういう本屋には当然行ったことがない。
本を探すのに大変だからである。
ところが先日、鍼の待ち時間ができた。
しかたなく時間を潰すのに入った。
驚いた!喫茶店があり、文房具、そして中古本まで売っている
世の中、進化(退歩?)している
そして平日の昼日中、大勢の人が、新刊の単行本を抱えながら読んでいる
これでは地方の中小の本屋が、どんどん店を閉めるわけである。

 

共生社会と言いながら、地方の中小企業は厳しい競争にさらされている
しかし、勝たないまでも、負けない、生き残る経営とはなにか?

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そのヒントが、人口減少社会と枯渇する化石エネルギーである。
人口増と共に今の社会や経済があり、それに基づいた発想がグローバル社会である
そして石油文明に乗って発展してきた社会が、ピークオイルを迎え怪しげな原発に頼る不安定な社会。

そんな状況で、確かなものを探し求めているのが、今の社会ではないだろうか?

確かなもの!それはなんだろうか?
貨幣ではない。貨幣は持てば持つほど不安に駆られ「もっと」と言う欲望にとらわれる
そして貨幣の価値は、どんどん変化する。

やはり食べ物だろう
食べ物さえあれば、最低限生きていける。つねに「明日の食べ物さえあれば…」
以前の農家は、8月にならないと、前年度の新米を食べることはなかった、と言う
凶作で食べ物が無くなることを恐れるのである
今、そんな農家はいなくなった。すべてのものを金に換えているからである。
確かなものを、不安定な貨幣に換えている不安感はない
なぜなら確かな食べ物は「腐る」からである。
腐る前に金に変える、当然のことである。
しかし、その金も不安定である。
不安定のリサイクルである。

やはり腐り続ける「明日の食べ物」を得るために
作り続ける「日々のしごと」が確かなものなのか?

そんなヒントを求めに、地域のちいさな本屋に入った。
そこにも、求める本は有った。
求めようという気持ちに対応している店が、生き残るということなのか?

朝から堂々巡りの脳の回路であった(?)