「絶飲食」という治療は、精神的にどういう効果があるのか?疑問である
食べられないというアキラメと
このまま何日も食べられないのか?という恐怖。
期限が決まっているなら、なんとか耐えられるだろうが…

 

30代初め、会社を辞めた時、暴飲暴食の身体をリフレッシュしようと断食道場を訪ねた。
伊豆にも有ったが、大通りのさわや書店で見つけた断食の本は奈良の断食道場の本だった。

20代後半の会社勤めの時は、大阪の保健室で勤務医に言われた
「貴方は30代は生きられない」高血圧だった。

大阪の生活は、新婚だから当然、朝食は美味しい。
昼食は、たこ焼定食(こんなのが有った)大盛焼きそばライス
夜は、大酒にこってり系の肴と帰りには締めのホームランうどん
(4つの具が乗っている。3つだったら三塁打。という屋台のうどん屋)
そして家に戻って夜食。

そんな生活だったから、血圧も体重も上がった。
それが東京転勤まで続き、東京はその延長
だから辞めた時には「免許を取る」「身体を絞って内部からクリーニング」という二つの大きな生きがいをもった(?)
本の道場は、奈良の信貴山の朝護孫子寺(鳥羽僧正の鳥獣人物戯画で有名)の門前に有った。
何でも山頂の近く聖徳太子が開いたという鳥居があるお寺である。
当時、10万円かけて30日の10kg減量だった。
1週間減食。2週間断食、1週間回復食というスケジュールである
周辺は門前市だから飲食店が軒を並べ、参拝客や観光客に向かって美味しそうが匂いをぷんぷんさせていた
そこを腹をすかせた断食道場の修行生が道場に財布を預けて散歩するのである。
しかし、日程が決まっていたから、ある程度覚悟ができていた
ところが病院の「絶飲食」は
”良くなったら?”という医者の判断である
いきおい、医者に媚びる(こびる食堂ではない)
朝の検診でも「どうですか?」
「快腸です!いや快調です」と懇願するように言う
レントゲンで胃の中、腸の中が空っぽになっても
「もうすこし腸の動きをみましょう」
と言われて希望が遠のく

そして待ちに待った最初の食事が三分粥である
その粥は、粥では無い。
スプーンですくうと”「か」「ゆ」”の「ゆ」しかすくえない
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断食道場は、2週間の断食が終わって、最初の食事は「おもゆ」だった
それについていた梅干しと塩昆布の味が、いまだに忘れられない。
それにつけても病院食は
「三分粥という名前のおもゆ」なのだった!。

場所によって呼び方が違うというのを認識した。
またひとつ、賢くなった。