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先日の某朝日新聞の別冊の付録である
読んでみたら広告のようだが…

右上に「広告特集」とある

なんだ!
やってることと表現していることがぜんぜん違うではないか?

ようするに、農林省と農協がミラノ国際博覧会に出店し、その広告をしているようだ
国は、効率化のもとに大規模化を推し進めているのに、日本の農業を守るには文化としての棚田を全面てきに取り上げている
農協は、国が進める合併に乗り大型化を進め、地域とかけ離れた効率的営業を目指しているのに、地域の食と農を守るには協同しかないと訴えている

農をめぐる問題は、さまざまなものが、ごっちゃにして論じられている
この広告は、その最たるものである

農業は産業か?地域の文化か?
ということが最初に論じられなければならないだろう

 
今の資本主義社会における産業は。拡大と効率化と安定した利益が求められる
農業は、面積の拡大と機械化と合理的栽培によって、安定した収益の拡大を求めようとしている
しかし、これには大きな問題が有る。それは「自然」である
さまざまな問題が、大きな自然に遮られると「農業の多面的機能」という語句を言う
産業ならばとことん効率化と合理化で他国と勝負をするという発想がないと、単なる補助金のバラマキ産業になってしまう

農業の多面的機能というが、それは一方では地域における小さな技の集積である
それは、地域に根ざした文化でしかない
たとえば棚田である。
観光資源ととして、新聞に掲載された景観の棚田なら多くの人の目につくが、岩手の山奥に入ると小さな谷あいにも小規模ながら棚田がみられる。
そこには多分半日ぐらいしか日が当たらない、満足なコメも出来ない場所でしかない
しかし、そこには先祖の「コメを食べたい」という想いが小さな技の集積となって、代々伝えられてきているのだろう。
また火山灰土の漏水田でも、粘土質土壌の客土や堆肥の大量施用などで、少しでも漏水を止めようという代々の努力が積み重なって、こんにちがある。
また兼業農家が悪くて専業農家が良いみたいな議論もよく言われる
しかし、兼業農家がなくなれば、困るのは専業農家である。
村の水の循環は、専業・兼業にかかわらず農村の人々の大切な仕事である
そのコミュニティが壊れたら、いくら大型機械を持つ専業農家でも生産はできない
日本の場合は、農村コミュニティと言うのが大きな文化としての役割を持っているのである

じゃー農村を会社化して企業マインドで経営感覚を…というのが農協である
「協同」という組織も、資本主義経済では拡大から外れることはできない
結果として効率のよい大規模化であり、人員の合理化であり、不採算部門の切り捨てと言う当たり前の経営しかできない

農村コミュニティを作り上げながら維持していく
たぶん、これがこれからの地方のあり方かもしれない
ミラノ国際博覧会は、イタリアの開催である
イタリアは、少企業の集まりだという
一時期ヨーロッパの不採算部門のように言われたが、今健全なる国である
隣のフランスも、農村コミュニティが日本の10倍も有るという

ミラノで学ぶべきは日本だろう