寒い!

本当に寒い。
朝、少し気温が上がらないようだから…と、シャツを一枚重ねた
それでも寒い。
食べれば、暖かくなるか?
ところが残り物の玄米に、納豆だ
魔子様は、温かいうどんだ!

腹一杯になって、横になったら少し眠れた。
しかし、目覚めたら寒い。

いよいよ。たまらんようになってストーブに火を入れた

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店はひろいが、ストーブの周りだけ暖かくなれば良い。
寒い人は、ストーブの周りに集まる。
ところが、こんな寒い雨の日に買い物に出歩く人はいない。

 

大体が最高気温が17度だという
今の時期の寒さは成長が遅れる程度で決定的な問題にはならないが
稲は、17度を下回ると成長に影響が出てくる
しかし、それは岩手で言えば7月25日ぐらいの幼穂形成期である。
穂ができるころの低温は、穂が受精しない不稔障害を起こす
それをクリヤーしても8月末の低温は、登熟障害を起こす。
これは種籾に十分に澱粉がたまらない状況である。
稲は、幼穂形成期に籾の数量がきまり、秋に籾の中に澱粉がたまる仕組みになっている
だから穂が出ても、ジョキンと立っているが、溜まるに従って重みで穂が垂れてくるのである。
それが積算温度800℃(品種に寄るが…平均気温の合計(例)20℃×40日=800℃)が必要なのだが、
低温が続くとそれに満たすことができない
平成5年の大冷害は、不稔障害と登熟障害と二つ重なって大凶作となった

そのとき(平成5年)小生は、4市町村にまたがって23枚の田んぼを借りて有機稲作をやっていた。
周りはすべて稲刈りができず、草刈機でなぎ倒していた時に、小生は6〜7俵の収穫を上げた。
有機稲作4年目である。
近所の古老は、「名人だ。名人が現れた」と名指しで褒められた
ちょうど同級生が農業試験場の水田作課長をやっていた。彼に見てもらったら
「たまたま肥料設計が、あたっただけだ」と簡単に言いはなった。
行政は有機栽培を認めていなかった。
その年は、有機でやっている稲作は、収量は少なかったが、壊滅ということはなかった。
「有機稲作は、冷害に強い」と言う評判ができた。

小生の分析では、
有機稲作は有機物を肥料として投入する。それを微生物が分解して無機の窒素肥料として稲が吸収する。
ところが慣行栽培(化学肥料)は、最初から無機の窒素肥料を入れるために、低温になろうと、どんどん稲が吸収する
ところが有機は、微生物が活発に動かないと有機物を分解しないし、無機物として吸収もしない。
だから低温だと窒素肥料を吸収しないのである(微生物は活発に動く温度は25℃以上である)
植物は葉っぱに光合成でブドウ糖をつくる、それが窒素肥料を結びついてタンパク質(アミノ酸)をつくるが、
根から吸われる窒素が多くなると、成長阻害要素が生まれ、成長が止まる。
稲も、吸収した窒素と光合成からできるブドウ糖のバランスが大事なのである
そのバランスを有機栽培の場合は微生物という生物が、気温によって勝手に分解の量やスピードを調整してくれるのである
だから有機栽培は、なまけものの栽培である。と言える(?)

 

その後、盛岡の南である老農に出会った。
その老人は、水田を階段状に作って上から温まった水を落とし、下に来たぬるくなった水をモーターで上にあげて水管理をしていた
そして、その老農がつけていた帳面を見ると、水温や草丈、肥料の量、天気、気温とすベテのデーターが何十年と記録されていた
(篤農家とは、記録する人だ)
その老農の水田の中は、足あとで踏み固められていた。
つまり、毎日のように稲の間を歩いていたのである。
その彼は平成5年の大凶作のとき「あのとき、あそこで窒素を振っていれば、12俵は採れたのに…」と嘆いた。
周囲が1〜2俵しか採れない時に11俵の収量を上げたのである
彼は一株一株見ながら、化学肥料をグラム単位で振って歩いた。
彼は、稲と対話ができる人だった。

有機栽培がいいのではなく。その人の植物を向き合う姿勢なのだろうと強く思った
食べものは、豊作の時に腹一杯食べて、不作の時は食べなくていい、という風に人間の身体はできていない
安定して一定量の収穫を、どんな天気でも作れるのが最高の技術である
有機栽培であろうが、慣行栽培であろうが…。