食堂の営業は、許可期間がながい。6年である。
最初は、”こびるコーナー”から、スタートした
”おかろ”のまわりに10人ぐらい座れる席をつくり、ウドンとそばを始めた
その後、客席を広げ、厨房を拡大した。こびる食堂のオープンである。
それから弁当と惣菜を足した。
じょじょに拡大の罠にはまっていった。

飲食業は、若い人の仕事である
なんと言ったって、長時間の体力勝負である。
8時間労働などと甘っちょろい労働ではない
昼食の用意が9時頃から始まって、夕食の片付けが11時過ぎというのがザラである
新しいメニューの開発や段取りは営業時間外にやらなければならない
昼の休憩も飛んでしまう
小生が配達している店なんか、夕方に行くと。暗い店内に茣蓙を敷いてシェフがごろ寝をしている
というのが日常茶飯事である。
休みの日も配達の電話がかかってくる。朝は8時過ぎから注文が有る
エネルギッシュでない勤まらない

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そんな飲食業の許可更新が6年単位というのも、考えさせられる
あと6年後は、70になっている。
仕事をやり続けられるのか…
そんなのに許可申請して良いのか?定年と言うのは無いのか?

と思いながら許可更新の講習を受けた。
2時間椅子に縛り付けられて、食中毒の勉強である
カンピロバクター。ノロウイルス。O157、アニサキス。ウィルシュ菌
なにがなんだかわからんが、技師と呼ばれる若い女性の抑揚のない棒読みの講習を聞かされた。
もうすこし、”朗読の技(?)”を身につけないと、多くの居眠りがうまれそうだ

ただ聞くだけの講習を終わると脱兎のごとく許可証をもらって店に帰った
店についた途端、魔子様が
「大変!冷蔵庫が…昨日の雷で…」
と言いながら電源が切れている冷蔵庫を指さした
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そとの電力計をみても

100Vは、くるくる回るメーターであるが
200Vは、点滅するメーターである。
200Vが動いているのか…作動していないのか…

こういう時はもっと電気を勉強すればよかったと痛切に思う
そして決算書を見る時は、もっと会計を勉強すればよかったと痛切に思い
女性を見れば、もっと昔から人を見る目を養えば、と痛切に想う。(魔子様ではない。絶対に…)

たしか講習会で習ったのは
「冷凍庫が故障で、中に入れてあった鰹の温度が下がり、細菌が繁殖して、それごと缶詰にしてしまった」という事故例を聞いたばかりだ
ひょっとして冷凍庫のものが溶けかかって…

と触ってみたらさすがにメーカー品である。
扉の厚さがしっかりと外気温を遮断していた。

そして連絡がとれたメーカーの若いメンテの担当は…
「渦電流が流れたのですね。真ん中の青いボタンを押してください」

冷蔵庫は再稼働した。原発は再稼働してほしくない。