以前に一生懸命書いたBlogでも、最近新しい読者が増えてきて、同じ話題をリメイクしないと通じないことがある
以前に書いた記事をもう一度掘り起こすのは、なんとなく同じ果実を二度食べるようで気恥ずかしいが、リクエストに応えてというよりも
自分で一度、振り返って整理して見たいと思う。

「陸羽132号」である、この言葉を聞いて分かる人は、

よほど古い人(80〜90代)か?
それともコアな宮沢賢治ファンか?
稲作の歴史研究家か?である。

陸羽132号は耐冷の良食味の品種として、秋田の大曲試験場で育種開発された
米の育種の歴史は、冷害との戦いとしかいえない。
米が日本で自給できたのは、昭和30年代の後半、最近の話である。
多くの農家が、米を食べたくて、さまざまな苦労をしていた

そこに大正時代に陸羽132はデビューした、
戦前では東北地方の作付面積が一番だった。
宮沢賢治が「稲作挿話」に陸羽132号の名前を出して書いている
賢治が、若者に栽培指導をしているくだりだ。

132

最初に「陸羽132号」の名を聞いたのは、紫波にある、今は新しくなったハラペコ食堂だったと思う、
いつ頃だっただろうか?古い食堂の持ち帰りのガラスケースの中に「陸羽132号のおにぎり」とあった。

なんだろう陸羽132号とは?
その時は、そんなことは気にしないで、いつも大盛りの二色ソバを頼んでいた。
ここは、更科系と藪系の二色のソバを大盛りで出すので有名だった。

その後、40歳代初めに稲作を始めるにあたり、いろいろと勉強をした。
頭から入る小生は作業よりも、まず稲の品種や生産体系を勉強してから入るのを常としていた
色々と調べていたら、大変な品種であることがわかった。
現在のほとんどの良食味の品種の先祖であり、耐冷性の元祖で、戦前は唯一無二の大品種だったようだ。
なぜ廃れてしまったのか、それがわからず、それを調べてもう一度復活させねば…という思いに駆られたのは当然である
多くの農家に種籾を聞いてみたが、ほとんど農家は持っていない。
種籾の保管は難しいのである。
温度と湿気があると、カビが生えたり発芽したりして、種籾として使用ができなくなってしまう
そんな意味のないことは行政や農協に任せて、自分たちは更新といって新しき種籾を農協から購入するのである。

そんな中、仙台近郊のスガタという農文協の勉強仲間の農家がホゾボソと更新を続けていると聞いた
食用ではなく種籾用として栽培を続けていれば、毎年更新できるのである。大変なテマヒマがかかるが…
「是非、分けて欲しい」と言ってあったが、それが手に入ったのは、忘れた頃4〜5年たったころだっただろうか?
仙台での農文協の講習会に「田んぼから今抜いてきましたという一株」を持参してくれた。
一株と言うのは、田植えで一箇所に何本か苗を植えるのだが、その苗のまとまった単位である。
籾としては、たぶん3000粒ぐらいだろうが、種籾として使用できるのは十分な比重があるもので半分も満たないかもしれない。
それを「田んぼの隅にでも植えてくれ!」と玉山・西根・岩手町の5軒の農家にお願いした。

田んぼの四隅は、コンバイン(収穫機械)が回転できないので手刈りをする。
その部分を手刈りをして日陰に干すと、翌年の種籾になる
それを二年だろうか、三年だっただろうか、やると3反歩(30アール)ぐらいの種籾になる
3反歩の面積になると、ひとつの栽培の単位になる
農家とは「全量引取する」という約束でスタートしたが、一軒の農家(西根の渡辺晴久)しか残らなかった。

農家も食べてみて美味しくないと判断したのだろう
「全量引き取る」と言っても、彼らは契約など信じない自由人なのだ
なぜ美味しくないか?なぜ陸羽132号が廃れたのか?
そのへんから、いろいろと疑問が湧いてきた

陸羽132号の孫には、コシヒカリがいる。
そしてひ孫には、ササニシキがいる。
どちらも良食味の代表品種である。
小生らが子供の頃、食糧は配給制だった。
と言っても厳密な配給ではなかった。
配給ということは政府が生産・流通・消費も管理していた。
大学で下宿するために「米穀通帳」を持たされたものである。
ぜんぜん意味がなかったような気がする。
美味しいとか美味しく無いとかは無関係で、
単に地域にあう品種よって生産が分けられ
流通は一年を通して味が均一になるように混米し、
消費は、白米を一年を通して食べられる幸せを享受した。

 

それが食生活が洋風に変わってきた。
カレーなどの肉類を多食するようになったときに
従来の米(ササニシキなどの、和食に向くさっぱり系)は人気が少なくなってきた。
それよりも、肉とか魚の味に対抗できるしっかりとしたモチ系「こしひかり」「ひとめぼれ」がもてはやされてきた。
それがある年のササニシキ系の収穫が思わしくなかったので、大きく替わったのである
栽培も短稈(丈が短い)品種が、農家には栽培しやすい(倒伏しない)ので喜ばれた
試験場は、こぞってみんなが取り組める栽培技術に取り組んだのである。

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今にも倒れそうな陸羽132号

時代は変わってきている
肉が高騰している。魚も漁獲規制や、放射能問題
そして中国に買い負けて…
和食が、もてはやされてきた
陸羽への回帰である

そして誰もが作れる稲作ではなく、プロにしか作れない技の時代である
機械さえ持てば、作れるものではなく、
そこに知識と観察力とそれを活かす技の個人の能力が求められる世界がある

そんな時代になるまで、なんとか持たそうと米としてではなく酒として
鷲の尾に働きかけてプロデュースしたものである
残ったら全量呑むと約束して(泣笑)

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