ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

本棚

 

玄関を開けて、リビングに入ると上から落ちてきそうな本棚の蔵書の山に圧倒される
その本棚だけではなく、床の上にも座ることころにも本の山々である。

佐々木篁さんの本棚が表紙になった本ができた

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篁(コウさん)の遺作である。
地元紙に毎週金曜日にコラムを書き続け684編になったという(うち100編を厳選)
一年50週だから約14年、役員を定年になってからだから、ほぼこれが仕事だったと思う
そのコラムの内容は、多岐にわたり、さすがにジャーナリストという何でも興味を持って取り上げ、
そして深く深く掘り下げた内容だった。
その内容の源泉になった本棚、この本棚の中を調べながら書いたのだろう
こういう本棚が店に欲しかった(家は天井が低くてどうしようもない)

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当店も時々取り上げてもらったが、当店の縁でつながったものなど当店関係が多い。
そんなコラムを読み続けていると、自然と涙が溢れてくる

そろそろ1周忌だ。
あの驚愕の5月4日の朝の電話が忘れられない

「兄貴が亡くなった!兄貴が…」
末の弟、今スリ米の生産をお願いしている佐々木純さんの電話だった。
コウさんの庭には、紅木蓮が咲いていた。

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(木)は、佐々木の木であり
アドレスのfrimokは、フライディ(金曜日担当)の(木)であった。

ベスト

春である。春子谷地とはよく言った
春子が谷地である(意味不明)

昔、谷地畝という名の同級生が居た。
谷地というのは。谷あいの湿った土地という意味合いだと大人になってから知った。
そうすると谷地に作った畝なのか?と深く感じた(?)

そんな想い出に浸りながら春子谷地にいった。
目の前は深くえぐれている谷地のような地形であるが
春子谷地と言う場所は、そこでは無いらしい。

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「岩手山をみるなら…春子谷地」とあっきゃが言っていた。

多くの人は、自分のビュースポットを持っている
北側の人は、あの雄々しい、そして猛々しく美しい岩手山をみたかい?と問う
南側の人は、あのどっしりとした慈愛に満ち満ちた岩手山をみたかい?と問う
そして啄木からみた人達は、あの端正な眉目秀麗の岩手山をみたかい?と言うP1010931

小生は、やはり春子谷地と、高速の八幡平を降りてくる途中の岩手山と…

小生の一本桜だろう

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小生の三大ビュースポットである。

 

IMG_0001 ぬか漬けIMG_0002 エリンギ

IMG_0003 ピーマンIMG_0004 蕪の葉・人参IMG_0020蒟蒻

ぬか漬けを、なんとかものにしようとしている

しかし、ぬか漬けは自分で食べるぶんには問題がないが、やはり商品として売るには、それ相当の技がいる
そもそもぬか漬けは、東北にはない文化である

東京の下町育ちの魔子様は、よく食べたと言う
小生は小さな頃の漬物といえば、沢庵と白菜の塩漬け、胡瓜の古漬け、そんなもんでは無かったか」?
だいたいが気温が寒い地方では、つかり方が一様ではない
ようするに夜つけて朝食べられるほど簡単には出来ない

たぶん温度の問題だろうと思う
ぬか漬けは、毎日かき回せ!と言う
そしてものの本によると朝晩、30回天地返しをしろとも書いてある
そして極めつけは、清潔なふきんでカメの周りをきれいにして表面の糠をタイラにしろとも書いてある

ぬか漬けは九州の文化であると聞く
あんな温暖な地でなければ、この技術は発達しなかっただろう
それこそ朝昼晩かき回して、ワシワシとご飯と一緒に裸で汗をかきながら、飯をかきこむ食べ方であろう

「ぬかづけ」であるから米ぬかと塩である。
東北は、米が貴重品というか、採れなかったから、少量で漬かる沢庵漬けのようなものが出来た
西日本は、有り余る米ぬかを、どうにかしようと考えたのだろうか?

それに温度である。
米ぬかは、微生物の良き餌である。これに適度に水分を補給し、適度な温度(15℃以上)が加われば瞬く間に発酵してくれる
発酵というのは、微生物の増殖過程をいう。
微生物が増えて呼吸熱が増えることにより温度が上がり、有機物の米ぬかを分解してくれる
漬け込んだ野菜は、微生物のかたまりであるから、米ぬかを分解し吸収しやすい形にして野菜に取り込むのである
気温の低い東北では、作られる期間が短かったから、そんなに流行らなかったのだろう

〜〜〜〜〜余談〜〜〜〜〜
大便は、食物残渣だけと思っている人が多いだろが、食物残渣は30%で、
ほとんどが微生物の死骸と腸壁の剥がれたものである。
人間の皮膚が新陳代謝で垢として剥がれ落ちるのに、体内の腸壁が剥がれ落ちないはずがない。
小腸や大腸で表面積は畳8畳分に相当するという
野菜から栄養と微生物を取り込み、腸壁を剥がして体内を清潔に保つのが人間の身体である
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ところが微生物は生き物である。
温度や水分、また形状や素材によって発酵過程がさまざまである。
人参は丸一日漬けないと味がシミない
胡瓜は12時間でいイイ。
大根は、細めに切ってつければ8時間
太めだと24時間

などいろいろと書いてあるが、気温と一緒には書いていない
夏場なら…冷蔵庫なら…
高温の場合、早く漬けたい時…

さまざま条件にまた野菜が一様ではない。
太い人参。五寸人参。若い人参。
胡瓜といえども。しなびた胡瓜、ぴかぴかの胡瓜。グニャという胡瓜。太い種を取るような胡瓜
大根も、細い太い、様々にある

これをマニュアルで処理はできない
そもそも糠が一様ではない
つけている間に微生物のバランスが変化するのである
微生物も嫌気性菌と好気性菌があり。一日に30回かき回せというのは、好気性菌に酸素を補給しているのである
またぬか床の表面をタイラにしろ、と言うのは嫌気性菌を閉じ込めて発酵させているのである

ようするに好気性菌と嫌気性菌のバランスを取るのがぬか漬けなのである
沢庵漬けなどは嫌気性菌のみで発酵させる

そのへんの理屈をきちんとわかっていないと、この漬物の奥深さがわからない
しかし、この漬物のせっかちさは、九州や西日本のひとに合っているのだろう

東北人は、粘り強く、辛抱強いから、いつのまにかぬか床がダメになってしまうのである
だからこそ、挑戦する意味があるのではないか?

酒の肴に…

退院のあさ

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退院の日の朝、看護婦がベッドの脇で言った。
「たぶんご家族がお迎えになるころ、この付近におりますから…」
「…」

退院のとき、家族が迎えに来て看護師に世話になった御礼をして帰るのが慣例らしい・
しかし、何回もの入院生活のなかで一度も家族が迎えに来てくれた試しがない。

大体が10時までに退院しろという。10時までは店の開店準備で大忙しだ。
だから独りで荷物をまとめ、独りで荷物を抱え、部屋にいた人だけに挨拶をし
忙しそうに立ち働いている看護婦を尻目にエレベーターで下に降りた
会計もいい加減であるから「次回払う」「カードで払う」「足りない分はあとで…」

そんな感じでタクシーを捕まえると、店の近くのタクシーだった。
「まっすぐ10分」「北山トンネルを抜けるのですか…」
「不景気のトンネルを抜けるのだ!」
「退院ですか… シャバも不景気でいいことなんかありません。
で?トンネルを抜けてからは…」
「オタクの近くだ。”野菜畑”をしらないか?」
「いや、こちらの営業所でなく。青山町のほうですから…」

と話しながら、あっという間に店についてしまった。
「あぁここね。以前、盛岡駅からお客を乗せて連れてきました。なんでも東京から来た人で、
この店の人がどんな考え方をしているのか調査に来たと言って…
あっ!荷物はこぶのを手伝いますよ」

いつの頃の話だろうか?
声をかけてくれれば、説明したのに…

栄養指導

医者は言った、
「今、入院しないと、次は救急車だ」

”そんな脅しに乗らない”と思いながら、歩けないのである。
「今週末までで、いいから…」
「本当に今週末まで…」

疑心暗鬼に駆られながら、歩けないマルタのように膨れ上がった脚を見て頷いた

また、この風景を見なければならない

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もう何回目だろう、入院は…
もう入院のプロだ

なにも持たなくても入院しながら必要な物を揃えていける
下の医療生協で買い、看護婦に借り、夜になったら自宅から持ってこさせる
細々としたものは、後で買い求めればいい、
しかし、一番必要なのは、本である。
何を読むか…
今回は、三冊ほど病院セットに入っていた。
病院での待ち時間用に、軽く読めるもの、考えないといけないものなど、
病院セット(診察券保険証。お薬手帳、検査データー等々)に入れてあるのである。

しかし、それにもう一冊「短文」で面白おかしく読める本が一冊あれば望ましい
外来の診察室から直接入院の部屋に入り、着替えて、そおっと部屋を出て下のコンビニに向かった。
ふと気がついた。心電図が貼り付けられていたのを…

6階の病棟からエレベーターで降りて1階の生協からコンビニに替わったところへ行くと、ブザーが鳴っていた
なんだ?うるさいな〜

と思いながら文藝春秋の「患者が知らない医療の真実」が特集であった。さっそく買い求めた
後は、メモ用紙に付箋、上を向いても書けるボールペン、それに梅干しと熱い珈琲と新聞を二紙である。

ブザーが鳴るコンビニを後にしたが、それでもブザーの音が後をついてくる
「どうしたのだ?」「どうなっとんじゃ?」「どこだ?」

ふと気がついて胸にぶら下がっている心電図を耳に当てると、鳴っている
なんと、ぶら下げた心電図から大きな音が鳴っているではないか…

これでは無断で下の階に行ったことがバレバレである
6階のナースステーションでは、ブザーが鳴って買い物袋を持った小生を見て看護婦たちは笑った。
担当の看護婦は、近寄ってきて
「電波が飛ばないと心電図が鳴るのですよ
下に行くときは誰かに頼んでください。何でもいいから…」

というわけで自由に買い物ができなくなってしまった。
(一度 看護婦が暇な時間に、心電図を外して、買い物をしたが…)

しかし、医者も看護婦も、システムも、どんどん変わっていく。
驚くべき医療の変化である。

 

入院は、本当に三泊四日だった。
病名は「心不全」
心臓と腎臓のバランスが悪くなって、腎臓の機能が不十分だという
(ようするに心臓の効率が悪くなって、腎臓に負担がかかっている状態)

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医者は、新しい利尿剤を試したかったようだ。
この利尿剤は飲んだら、ジャブジャブとオシッコがでる
そして副作用として、10人に一人が血中のナトリウム濃度が高くなると言う。
それが高くなると、命にかかわると言う
幸い、何を呑んでも大丈夫な小生は、3泊4日の間に毎日5リットルの尿を出し、
体重も86kgから75kgへと10kgも減量し退院を決めた

当たり前だ、こんな粗食で何日もいられるか?
今日は退院にあたって栄養指導をするという
ワシがしてやりたい(!)

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セピアいろ

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”仏壇に飾って拝んでいた”と言う
母は、もう誰が誰かわからないようになった。
写真を見ても、誰の写真かがわからない
自分の実弟も、父親と勘違いしている。
世話になった人も、違う名前で呼んでいた。

しかし、この写真、いつ撮ったのだろうか?
襟章がひとつということは、大学の時だろうか?
高校の時なら、学校章と学年とふたつ、付けているはずである。

髪も長い。
高校の時は髪は短くしていた
大学も短かったが、就職試験の時は長めにしていたような気がする

裏を見た
「大学三年 昭和47年11月」と書いてあった。
一緒に名刺も入っていた。
「東京繊維部婦人児服編物課」と言う部署の名刺だ

そうか、就職試験や最初に配属された名刺を実家に送っていたのか…
しかし、最初に配属されたときは驚いた

「編物課」というから、てっきり編み棒を抱えて、編むのか?と思ったものだが…
この編物と言うのは、丸編ジャージーの呼称である

丸編ジャージーも当時は、「アクリル100%」や「アクリル毛混」「T/C」や長繊維と言われる「ポリエステル」など、様々な素材があった。それの婦人カジュアル、子どもカジュアル用の素材の課に最初は配属されたのである

しかし、セピア色した古びた写真だ。
写っている若者は。いったい誰だ?

 

 

 

 

 

父と息子

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久しぶりに北上に行った
一年ぶりだろか?

昨年、7月に入院してから、なかなか行く機会が無かった。
いや実際は、あるのだが車を運転するのが怖かった…
というか、病み上がりで筋肉が衰え、店のトラックハイエースの運転台に登るがやっとであった。
登ったら降りられない(泣)
というか、荷物の積み下ろしには何の役にも立たない
黙ってみているだけである。

先日も、生産者の奥さんの葬儀があったが、ランパスの皿洗いで欠席した。
こちらは軽のNボックスで行こうと思ったが、人手が足りなくて結局皿洗いを外れることが出来なかった(大泣)

今回、副住職(モヒカン坊主)の助手で行くことになっていたが、副住職は急に葬儀が入ったという
本当に亡くなるときは、お寺の売上計画通りに逝って欲しいと思う。
年末年始やクリスマス、幼稚園の入園式などのときは遠慮して欲しい(お寺の内部事情 代弁)

そこで独りで運転していくはめになったが、行った先でも焼香しないといけない
一軒の農家からハイエースに米を積んで(もらって)、それからもう一軒の農家に回った。

なんとか運転台に座ることは出来たが、今度は仏壇のまえに座ることができない
「棒のように」と言う形容詞がある
足を棒のようにして歩きまわる。とか
足が棒のようになった。とか
犬も歩けば棒に当たる、など
棒さんかんざし刺すをみた(?)

いろいろとあるが、棒のようにではない
足が棒なのだ。
むかし、下半身デブという女性に会ったことがある
スカートに隠れているが太ももが異常に発達した女性だった
別にスカートを捲ってみたわけではない
たまたま、触ったらめくれただけである(それはどうでもいい)

その足が足首から膝、太ももまでむくんで、一直線なのである。
つまり曲がらない。
脚が曲がらないと、いいことと、悪いことがある
良いことは「自転車に乗れ!」と強制されないことである
脚が長いから地面についてしまう。
悪くないことは「スピード違反でつかまらない」ことである
アクセルを踏みっぱなしでも「病気だ」の一言で片がつく

しかし、単なるこの症状を治すことができないというのは現代医学はどないなっているのじゃ?
西洋医学は、単に「あふれるほどオシッコがでるように利尿剤を飲め」という
東洋医学は、「内臓に細胞水を貯めこんでおく力が無くなった。内蔵が弱っている。」と言う。
おまけに「酒が美味しくない」というと「そんなにむくんだら当たり前だ!」と一喝された

とりあえず膝が十分に曲がらない、足首が曲がらない。だから正座も胡座もかけない(いびきはかける)
とりあえず中腰で焼香し、話をしようとしたら、なんとなく居づらい雰囲気である
大きな家の奥の一室に祭壇が会ったが、奥というだけでなく静かだった。
本人は言わないが、後から聞いたら、奥さんが亡くなった後、息子夫婦は家を出たという。
なんと…

嫁と姑と言うのはテレビドラマでよくテーマになる
しかし、もっと陰湿でひどいのは農家の長男と父親である
肉親だけに遠慮がない。そして自然相手は、結論がでない農業である。
だからこそ人生に裏打ちされた親としての経験と、若者の旺盛なやる気とのぶつかり合いは激しい
ぶつかり合いや殴り合いの喧嘩から、家からの追い出し、一切無視まで、さまざまな手法で相まみえる

地元の名士だけに、どう解決するのか
見てきた農家は、ほとんどが時間が解決していたが…

きりせんしょ

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盛岡のお菓子に「きりせんしょ」というお菓子がある
なぜ”きりせんしょ”なのか?わからない

ひょっとしたら、桐選書(意味不明?)なのかもしれない
また、キリの良い所でセンシュ入場(?)かもしれない

別名「ゆべし」とも言う
「ゆべし」は、よく分かる、
物言わぬ南部人よ「言うべし!」だから(?)
それとも、温泉の南部は「湯だべし」から来ているのか?

まぁいろいろと抗議の意味はあるが…「広義である」
というわけで調べようと想っていたら

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なんでも手作りする平佐先生がもってきた
手作りの「切り山椒」である。

浅草のお菓子だという

浅草のお菓子はこのようなもので
仲見世で600円で売っていると言う
それも一時期、酉の市でしか売らないとも聞いた

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山椒が訛ってセンショになったようだが…
手作りの切り山椒は、山椒の味がした。

たあいのない話しである。ヨモヤマ話である。

かいだん

 

弁当の配達に行った
3月4月は学校の行事(入学式・卒業式・謝恩会)等々があり、弁当の注文が多い
まして、先生が転勤して歩くので、あちこちの学校から注文が入る。
嬉しい事である。
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配達とお品書きの作成は、小生の仕事である
品書きは、最終チェックが大事である
魔子様が、
「空いていたから埋めた」とか
「色が悪いから変えた」とか
「物が悪いから、作り替えた」
「顔が悪いから、やめた」とか
「根性が悪いから…」

さまざまな理由をつけて変更に変更を加える
この弁当の変更は空いたスペースに「高価な苺」を入れたのである
経営者としては「苺のを入れて欲しい」と思うのだが…

 

配達は、盛岡の道を熟知している小生の得意である
途中で郵便局によって、〇〇商店で何を買って…
それから行けば、11時半じゃすとだ!
時間指定だから、大変なのだ

ところが途中で渋滞が起きている
渋滞であるから、あちこちが滞る
そういう時に横道・抜け道・そして
みっちゃん、みちみちうんこして…という唄を歌いながら
到着するのである

そして到着したところは

IMG_0017エレベーターが無かった
配達先は階段のうえの事務室である。
事務職員は、事も無げに
「こちらの部屋に置いてください」と言う

頭のなかが走馬灯のように駆け巡った。
すべてで30食、
両手に持てば1回に10食、3往復
手すりに触らないで登ることができるか?
いや無理だ。

手すりだと片手に5食、6往復
段差が15センチある。それが15段近くある
体力が持つか?足がガクガクいうかも

事務員に言った
「すいません身体が悪いもので…、階段を上がれないのですが…」
事務員は、小生の足からてっぺんまで見ながら唖然とした

たぶん身体よりも顔の方を心配したのかもしれない(泣)

陸羽

以前に一生懸命書いたBlogでも、最近新しい読者が増えてきて、同じ話題をリメイクしないと通じないことがある
以前に書いた記事をもう一度掘り起こすのは、なんとなく同じ果実を二度食べるようで気恥ずかしいが、リクエストに応えてというよりも
自分で一度、振り返って整理して見たいと思う。

「陸羽132号」である、この言葉を聞いて分かる人は、

よほど古い人(80〜90代)か?
それともコアな宮沢賢治ファンか?
稲作の歴史研究家か?である。

陸羽132号は耐冷の良食味の品種として、秋田の大曲試験場で育種開発された
米の育種の歴史は、冷害との戦いとしかいえない。
米が日本で自給できたのは、昭和30年代の後半、最近の話である。
多くの農家が、米を食べたくて、さまざまな苦労をしていた

そこに大正時代に陸羽132はデビューした、
戦前では東北地方の作付面積が一番だった。
宮沢賢治が「稲作挿話」に陸羽132号の名前を出して書いている
賢治が、若者に栽培指導をしているくだりだ。

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最初に「陸羽132号」の名を聞いたのは、紫波にある、今は新しくなったハラペコ食堂だったと思う、
いつ頃だっただろうか?古い食堂の持ち帰りのガラスケースの中に「陸羽132号のおにぎり」とあった。

なんだろう陸羽132号とは?
その時は、そんなことは気にしないで、いつも大盛りの二色ソバを頼んでいた。
ここは、更科系と藪系の二色のソバを大盛りで出すので有名だった。

その後、40歳代初めに稲作を始めるにあたり、いろいろと勉強をした。
頭から入る小生は作業よりも、まず稲の品種や生産体系を勉強してから入るのを常としていた
色々と調べていたら、大変な品種であることがわかった。
現在のほとんどの良食味の品種の先祖であり、耐冷性の元祖で、戦前は唯一無二の大品種だったようだ。
なぜ廃れてしまったのか、それがわからず、それを調べてもう一度復活させねば…という思いに駆られたのは当然である
多くの農家に種籾を聞いてみたが、ほとんど農家は持っていない。
種籾の保管は難しいのである。
温度と湿気があると、カビが生えたり発芽したりして、種籾として使用ができなくなってしまう
そんな意味のないことは行政や農協に任せて、自分たちは更新といって新しき種籾を農協から購入するのである。

そんな中、仙台近郊のスガタという農文協の勉強仲間の農家がホゾボソと更新を続けていると聞いた
食用ではなく種籾用として栽培を続けていれば、毎年更新できるのである。大変なテマヒマがかかるが…
「是非、分けて欲しい」と言ってあったが、それが手に入ったのは、忘れた頃4〜5年たったころだっただろうか?
仙台での農文協の講習会に「田んぼから今抜いてきましたという一株」を持参してくれた。
一株と言うのは、田植えで一箇所に何本か苗を植えるのだが、その苗のまとまった単位である。
籾としては、たぶん3000粒ぐらいだろうが、種籾として使用できるのは十分な比重があるもので半分も満たないかもしれない。
それを「田んぼの隅にでも植えてくれ!」と玉山・西根・岩手町の5軒の農家にお願いした。

田んぼの四隅は、コンバイン(収穫機械)が回転できないので手刈りをする。
その部分を手刈りをして日陰に干すと、翌年の種籾になる
それを二年だろうか、三年だっただろうか、やると3反歩(30アール)ぐらいの種籾になる
3反歩の面積になると、ひとつの栽培の単位になる
農家とは「全量引取する」という約束でスタートしたが、一軒の農家(西根の渡辺晴久)しか残らなかった。

農家も食べてみて美味しくないと判断したのだろう
「全量引き取る」と言っても、彼らは契約など信じない自由人なのだ
なぜ美味しくないか?なぜ陸羽132号が廃れたのか?
そのへんから、いろいろと疑問が湧いてきた

陸羽132号の孫には、コシヒカリがいる。
そしてひ孫には、ササニシキがいる。
どちらも良食味の代表品種である。
小生らが子供の頃、食糧は配給制だった。
と言っても厳密な配給ではなかった。
配給ということは政府が生産・流通・消費も管理していた。
大学で下宿するために「米穀通帳」を持たされたものである。
ぜんぜん意味がなかったような気がする。
美味しいとか美味しく無いとかは無関係で、
単に地域にあう品種よって生産が分けられ
流通は一年を通して味が均一になるように混米し、
消費は、白米を一年を通して食べられる幸せを享受した。

 

それが食生活が洋風に変わってきた。
カレーなどの肉類を多食するようになったときに
従来の米(ササニシキなどの、和食に向くさっぱり系)は人気が少なくなってきた。
それよりも、肉とか魚の味に対抗できるしっかりとしたモチ系「こしひかり」「ひとめぼれ」がもてはやされてきた。
それがある年のササニシキ系の収穫が思わしくなかったので、大きく替わったのである
栽培も短稈(丈が短い)品種が、農家には栽培しやすい(倒伏しない)ので喜ばれた
試験場は、こぞってみんなが取り組める栽培技術に取り組んだのである。

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今にも倒れそうな陸羽132号

時代は変わってきている
肉が高騰している。魚も漁獲規制や、放射能問題
そして中国に買い負けて…
和食が、もてはやされてきた
陸羽への回帰である

そして誰もが作れる稲作ではなく、プロにしか作れない技の時代である
機械さえ持てば、作れるものではなく、
そこに知識と観察力とそれを活かす技の個人の能力が求められる世界がある

そんな時代になるまで、なんとか持たそうと米としてではなく酒として
鷲の尾に働きかけてプロデュースしたものである
残ったら全量呑むと約束して(泣笑)

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月別アーカイブ : 2015年4月

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