「消費者ニーズ」という言葉がある
消費者の要求というか、消費者の求めるものを提供、または生産をするという商品経済システムのことを言うようである。
ふと「消費者ニーズ」というのは、いつ頃言われだしたのだろうか?考えた

昔は、街に一軒、八百屋があり、魚屋があり、米屋が有った。
家族構成から、家族の好み、そして冷蔵庫が無かったからタイムリーにそれらを供給していた
米屋などは、家庭の米びつの量まで把握していたと言う
また御用聞きと言うシステムが、さらなる細かい注文に応えていた
密接な関係性が存在していたのである。

昭和30年代後半、主婦の店ダイエーができた。
そして、40年代に、あちこちにアメリカを真似た量販店ができ初めた
ちいさな量販店である。
最初は、魚屋や肉屋が様々なものを扱い始めて地域の量販店となり、商店街の核となった
小生も中学生か高校生の頃「北上スーパー」とか「タシマやフード」などと書いた茶色の紙袋を誇らしげに持って母親のお供をしたものである。

それがあっという間に、地域の量販店が大手の量販店に統廃合されていった。
小生が商社に入った頃、「ダイエー担当」「ヨーカ堂担当」「ニチイ担当」などという量販店担当がいた。
原材料の生地を売っていたが、販促にアパレルと量販店を結びつける役目をしていたようだ。

そのころでは、なかったのか?
三波春夫が「お客様は神様です」と高らかに歌い上げたのは…
客が神様になり、崇めたつるものになって関係性が消えた
そして多くの客を集めて、その求めるものの最大公約数を集約した
「消費者が求めるものをいかに提供するか」
そこに科学技術の粋を集めた大量生産が始まった。
「量産することに寄って安価なものをいかに作り上げられるか…」

客が見えなくなって「いいものを安く」の時代になった
と言って、一人ひとりの求める作り上げる技も、方法も消えていった時代である

多分「消費者ニーズの言葉の替わりに消えていった言葉がある
「利は元にあり」という昔から商売の鉄則である。
いろいろと深い意味があるが、簡単にいえば「消費者じゃない、仕入先である。」ということである
大体が「ものがないと商売が出来ないのだ。」

仕入先、生産を大事にしない社会は、どこか一本芯がないふらふらした社会のような気がする
それと、もう一つ教えてもらったこと

「買ってもらう。売ってもらう。商いは対等である」

カネさえ払えば神様だ!という風潮は、ここ30年の話である

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