ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

がん

友人が”乳がん”になった。という手紙が来た。
どうやら昨年の春頃、見つかったらしい。が三期だという
そして「1月29日に手術をする」と書いてあった。
今日である。

0-42なんだ、それならもっと早く連絡をしてくれれば…
すこしは安心するような手紙を書いてあげたのに…

手紙の内容は、病気の状況と経過と、再発のおそれがあるという宣告だという
手術前に、もう再発の予告がなされるとは…

そして
「がんの知識もなく近親者に患ったものもなく、私一人で病状を理解しはんだんして生活をしてゆくのは難しいものです。
副作用で、死にそうなこともあります」とあった。

何年前だろうか、入院していた時(なんの病気が忘れた!あまりにも多いので…)
夜、タバコを吸いに喫煙所にいった。
そこに、しゃがみこんだ女性が居た。
その女性の顔をのぞき込み「どうしましたか?」と…
「明日、乳がんの手術なのです。初めてなので…」と不安げに見上げた

初めて身体にメスを入れると言うのは、厳しいものがある
現実には、麻酔が効いて目が醒めたら痛みもなく終わるのだが…
そして

「手術は成功するのもである。術後の身体の反応が問題なのである」と言う

だが手術室で亡くなったこうさんの例もある
麻酔をきかせて開けたら、もうどうしようなく、単に締めたという。
まぁここまで”西洋医学がきらいだ”と日頃から言って
自分が気がついていた微妙な変化も医者に見せずにきたのだから…

以前は、癌は不治の病だと言われた
最近は、癌は克服するものである。という人もいる
早期に発見すれば…と言いながら見つかった途端に余命を宣告される人もいる
そして周囲にも多くのがん患者がいる(小生もだが…)

癌も社会も多様化している
しかし、さまざまなものを抱えて生きていくのが人生かもしれない
体の内や外や、人間関係まで…

 

 

 

 

かぞく

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一人、家族が増えた。
家族が増えるのは、楽しい。
しかし、増えない家族もいる
そして楽しくない家族もいる。

家族とは、なんだろう?
ふと、そんなことを考えた・

母は”父と一緒の墓に入りたくない”と言う
戦後に結婚して、三人の子を産み育てた
しかし、ほとんど父と一緒に暮らしたことがない
出産や育児、子育ては、舅とその内縁の妻の元でおこなった。
いじめられた、らしい。
まだ小学校の低学年だったから、知らない
家には「おにいちゃん」と呼ぶ高校生が居た。
それは内縁の妻の息子だったらしい。
仙台から北上に移ってきて、初めて母と三人の子どもたちの暮らしが始まった
しかし、そこには最後のすみかを求めて舅が仙台からやってきた
父は、相変わらずいない。
土建屋の現場監督は、現場に泊まりこみ、家に戻るのはせいぜい月給日か、。出張の前の日ぐらいである
北上の生活が三年たったぐらいだろうか、舅は亡くなった

ようやく家族で暮らせるようになった
しかし、父はいない。
父が家から通うようになったのは、小生が学校に入って家を離れた後である
だから家族というのは、母と姉と妹の女系家族と、ときたま帰ってくる父がいた

母が独りで、三人の子どもを育てたようなものである
しかし、それは父が稼いだ金銭があったからではあるが…
父の居ない家族は、当然のことながら母がしきった
子どもが言うことを聞かないと
「お父さんに言うよ」と脅した
「ご飯を食べる最中は、話をしない」と厳しくしつけた。
そして、強い父親の居ない子をきちんと育てようとした。
べつに、それが当たり前の家庭だと思っていた

 

自分が自前の家族をもったとき、そのやり方が当然だと思っていた。
暴力は振るわないが、厳しい父親と優しい母を演じた。
高度成長期のサラリーマンは、仕事一辺倒である
いきおい、子どもたちは母親になついた。
朝早く出ていき、寝た後に帰ってきうて、休日も出て行く父親は、いらなかった
大きくなってから「こどもとキャッチボールをしてやって欲しかった」と家内は言う
本当は、子どもたちと常に接する優しい父親であり、話のわかる父親でありたかった。
そして自営業になって、初めてPTAにでた
PTAの総会で発言すると、ある母親に「何を今頃でてきて…」と文句を言われた
もう小学校から仲良しグループが形成されたPTAだったのである
家も地域も、サラリーマンにとっては厳しい場所だった。

そういえば定年後、夫婦二人暮らしの父はゴルフに逃げ込んだ。
亡くなったのも練習場で、これからコースに出ようとしていた時だった
母は言った「年金暮らしなのにゴルフばかりして…あんなにやめろと言ったのに…」
目の前には、平身低頭の練習場の支配人がいた。

様々な家庭があり、さまざな家族がいる。
自分が育った家庭以上の家族は、出来ないのだろうか…

まわる

早朝に台所に立って鶏ガラを煮ている
いや、昨晩から煮ているところへ大根と人参と葱を入れて、生姜とニンニクを刻んで足した。IMG_0657

 

別に何をつくろうというアテもない
様々なことを思い出しながら、ふと思い立ったのである

自然養鶏のルーデンス農場が廃業するという
「今までの御礼に…」と、農場で飼っていた廃鶏をもらったのである
ルーデンスの梶本夫妻とは20年ぐらいの付き合いになるだろうか?

いや奥さんは、新橋の三井物産ビルに勤めていたという
ひょっとしたら田村町の交差点辺りですれ違っていたのだろうか…
そうなると40年ぐらいになる(?)

20数年前農場に努めていた頃、観光牧場だった安比高原牧場から養鶏を習いに来ていた
当時は、様々なところから養鶏の実習生がきていた
農業生産法人として自然養鶏をやっているところが無かったのである
いや有機農業の基本である自然養鶏を体系だてて教えるところが無かったのである

有機農業は「無農薬・無化学肥料の野菜やコメを造っている」と思っている人が大部分だが、基本は自然養鶏である
その鶏糞を畑に利用し、畑の野菜屑を鶏に餌として与える。
稲作のわらを敷きワラに、籾殻を敷料にして、堆肥に利用する。
雛の時は、玄米の小米を給餌して雛の消化能力を高める

などと養鶏と野菜や稲作の農業は、きっても切れないのである
ようするに養鶏をいれると回る(循環型農業)のである。

無農薬無化学肥料の野菜や米でも、良い堆肥が作れないと良い土ができない
良い堆肥とは、完熟した発行堆肥であり嫌な臭いではなくミツバチが寄って来るようなかぐわしい匂いの堆肥である
そして良い土とは、団粒構造の排水性がよく水もちがよく、空気も流れ、肥料をつかむ土である
その土を作るのが有機農業の目的である

今の単なる金をかせぐ付加価値農業や、美味しい野菜や栄養価の高い米などと言うのは、結果であって目的ではない
そのために自然養鶏で健康な鶏を育て、健康な鶏が産んだ卵をたべ、健康な鶏が朝から晩までかき回した鶏舎の床を堆肥に利用するのである。
鶏舎の床は、日々鶏がかき回すことに寄って好気性状態になり、鶏糞の中に含まれている微生物が活発に活動し、有機物を分解するのである。それを利用して、野菜を混ぜて発酵を促進して堆肥や肥料を作るのである
(堆肥と肥料は違います。堆肥は土のために、肥料は作物のために投入するものです。
また堆肥と堆厩肥もちがいます。植物性だけの堆肥と、動物性(畜糞)も入れ堆厩肥)

そんな自然養鶏をやっている有機農家が少なくなった
というよりも、高く売れるからとやっているニセ有機農家が多くなったというべきであろう

ルーデンスの梶本さんは、不治の病だという
もう「緩和ケア」の状態だという

奥さん一人では生産は配達、集荷(飼料をあつめる、おから米ぬか等々)ができないので廃業するという
また一軒、真面目な農家が消えていく。

さぁ野菜畑の自前の養鶏場を作らなければ…

それなら鍼で…

大蒜をさまざまなものに漬けてみた

左側は辛子漬けである
右側は甘酢づけである

2−3日すると緑青みたいに青色が噴き出してきた
これは一体なんだろう?

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と考えながら病院に行った。
整形外科のMRIの結果を聞くためである。

あいかわらず待たされるのを覚悟で行ったが…
今度は、こちらが時間を間違えた

整形外科!整形外科!と呪文のように唱えて、病院の再来受付機にカードを差し入れた
画面は、循環器科も予約と出ていた。それも早くに…

9時に循環器で10時が整形外科である

しまった!と思ったがもう10時を過ぎている

こういうときは慌てず騒がず、男は黙って循環器の外来受付を済ませ、じっと座る
そしてやおら立ち上がると、ナースステーションに行き、

「まだですか?ちょっと外出したいのですが…」と脅す
外出されると医師の段取りが狂うので看護師は
「ちょっと待って下さい」と言いながら調整をする
1時間待ちが30分に短縮されるのである(裏ワザ)

そんな裏技を駆使してようやく辿り着いた整形外科医は

「「靭帯が消えてますね。学生時代の傷ですから…」とMRIの画像を見ながら言った
「裏の靭帯も傷んで、骨も骨折まではいかないが損傷してます。
まだ水か…血が若干残っておりますし…」
「どうしたら良いのですか?」

「まぁ残っている血を抜くか。または痛み止めの薬を処方するか、ぐらいの処置しかありませんね」

「あっ、それなら鍼で直します」

「…」

 

 

 

 

思い煩う

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「ルポ貧困大国アメリカ」「㈱貧国大国アメリカ」「沈みゆく大国アメリカ」
堤未果の三部作を読んだ。

亡きこうさんから仕掛けられたものである
こうさんは入院見舞いとして「堤未果の親父が素晴らしいジャーナリストで、娘も…」と言って一冊の本を渡された

それが「ルポ貧困大国アメリカ」だった。はまった。

文章力もすごいが、取材力、資料を読解力などの作者の力を感じる本である

しかし、これを読んだら今の日本がアメリカに追随しているのが本当に良いのか?
善意の法律が、悪意の施策に変わる行政と政治家の仕組み。
そして、我々がどこに向かっていこうとしているのか…

さまざまな疑問が浮かび上がってくる

これでいいのか?と思いながら、それに向かっている。
読み終わって、しばらくボーッと様々なことを考え、思い煩う

頭の整理をしないと…

 

 

 

 

ドンジャカドンジャカ

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MRIは、いやだ。
あの狭い空間。閉所恐怖症にとってはたまらない空間である
看護師の嫁は「医師でもCTを撮るときに全身麻酔をする人がいる」と言う

CTで全身麻酔ならMRIは、渾身麻酔じゃないか(?)と思ってしまう
しかたがない
右膝から水を抜いたら血が出てきた。
医者は精密検査をしろという

精密検査はMRIだった。
MRIだったとは核磁気共鳴装置とかいうやつで、なんでも強烈な電磁波がでるようだが…
一番最初に受けた時は知らなかった。知った二回目は、恐ろしかった。

ようするに棺桶に入っているような感じだ。
もう何回受けただろう。こレだけはかんべんして欲しい、
大体が事前に聞くのだ?「閉所恐怖症ですか」「はい」

それでも、むりやりやるのだ。それだったら聞くな!と言いたい

しかし、今回は楽勝まではいかないが、楽天ぐらいだ(?)

なんといっても目の前には高い天井が広がっている
そうなのである。
今回は「右膝」のMRIだから膝を突っ込めばいいだけである
「903番(小生暗証番号)は、背があるからドームから頭がちょっとでますね」と看護婦に言われた。

そうだ、顔がドームからでるのだ(嬉)
と言ってあのアフリカの狩猟の前のような太鼓の音はドンジャカドンジャカと聞こえる
この音が苦手だ
だれかいい音楽にかえてくれ

 

 

ちいさな杭

最近起きるとミルクティーを飲む
ところがティーバックだらけなので、ミルクティーがよく出ない
そこでシナモンを入れて飲む
もう長いこと飲んできた珈琲は、すこし休もうという気分だ

別に茶をのんで何をするわけではない
ただただ考えるのである
やるべき仕事は、恐ろしくイッパイあるが…
その前に自分の気持ちの整理をしておかないと仕事が進まない

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これでいこう!と今までは進めてきたが、じょじょにじょじょに窮屈になってきた
たぶん「これでいこう!」というところが間違ったのか?
「これでいこう!」という周囲が変化してきたのか?
いや段取りが一段階ずれているのか?
先を見すぎているのか?
スピードが追いつかないのか?

そんなことを考えていると時間がいくら有っても足りない
結局、一歩踏み出すことになるのだが…

世の中考えているより動かない
踏み出しても…踏み出しても…

たぶん大きな物で動いているのだろう
その大きなものを打ち砕く、いや打ち砕くまでもなく、
そこにちいさな穴を穿つ、”ちいさな杭”が欲しいのだが…

中華粥

毎日、前日の残り物を丼に再加工して食べているが
やはり再加工は。くどくなる

そこで時折、さっぱりとしたプレーンな白粥が食べたくなる
それでも白粥ではなくちょっと味のついた…

というわけで生米から中華粥をつくった

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本格的な中華粥は、日本式の粥よりも中華スープを倍入れるとレシピにある
そして粥はあまりかき混ぜないのだが、中華粥はかき混ぜてコメを割らせて花を咲かすという

そんな中華粥をつくって、刻みネギを乗せ、しらすとわかめのふりかけを散らした。

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こんなさっぱり粥も時々は良いが…
ところが、これがおワン一杯も入っていかない

これでエネルギーは大丈夫なのか?

医者は「高脂肪・高タンパクの食事を!」とは言うが…

あきるだろう!いくらなんでも…

仙台の風

体重が安定しない
この前まで76kgだったのに…
いつのまにか66kgになってしまった

必死になって少しづつ小腹を満たす感覚で食べ続けると少しづつ体重が増えてくる
これがちょっと食欲がおちると、すぐに体重が減っていく
このスゴワザを是非肥満に悩むあまたの女子に教えたいものだ

昼間から、そば屋でそばを食べながら冷酒を呑んだ
これから仙台に出かけようと新幹線の改札脇のそば屋だ

仙台で叔父が亡くなった。
その通夜と葬儀で一泊二日の旅であり、酒を呑む席があるので新幹線で出かけた
間際まで呑んで、新幹線でも、ひとつやっつけた。
亡き叔父を偲びながら
昼に呑むのは久しぶりだ
と感慨ひとしお

仙台は風が強かった。多分、人生の間で二番目につよい風ではなかったか?
一番の強風は、農場に務めていた頃、90坪のハウスが目の前で横倒しになった
なんとも対処の仕様がなく、呆然と見送った。風速30メーターだった

その時は、体重が90kgぐらいあったから風に立ち向かえた
仙台の風は、それよりも弱かったかもしれないが、身体を斜めに倒して歩いた。
顔と歩道の地面がくっつきそうだ(大げさ)
そこへ街路樹の折れた枝が、右足と左足の間に入ってきた
足が上がらずに、そのまま落ちた

周りには、おばあちゃんたちがバス待ちをしていた
くちぐちに「大丈夫?「だいじょうぶ?」と声はかけるが近寄っては来ない
自身も吹き飛ばされるおそれがあるからである

スッくと立って歩き始めたが、たぶん周りの目には
ヨタヨタと歩き始めたように見えただろう

そんなに痛みは感じなかった。

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通夜を終え、明日は葬儀の後。火葬で、そのあと49日の法要だという

盛岡と順番が違うのだ?土地のせいか?宗派の所為か?(浄土宗)
と思いながら会館の寿司を食べ、天麩羅を食べ、酒を呑んだ

仙台に住んでいる息子にホテルに送ってもらった
部屋に倒れこむように入ってベッドによこたわった
しかし夜中、眠れなかった。右膝がズキンズキン痛み始めたのである
それだけではない、トイレまで歩けない力が入らないのである

ついにギブアップ

朝、葬儀に一緒に行こうと言っていた息子に
「行く先変更!盛岡の中央病院まで送っていけ」
車いすを運転できない息子は、看護師の嫁も一緒に連れてきた
そして葬儀も火葬も法事も、急遽とりやめて盛岡に戻った

休日の中央病院の緊急は、かかりつけ医の整形外科医がいた
「チクと痛いですよ」と言いながら
右膝に注射針をさし、水を抜こうとしたら血がでてきた
その痛いこと痛いこと、激痛というほかない
そして言う

明日精密検査をしますから、また来てください
松葉杖かしましょうか?

初売り

何もないが、店に入るとなにか買いたくなる
人というのは、「もの」が欲しいのではなく
「買う」という行為が楽しいのではないか?と思う初売りの日である

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これT山堂の初売り。
○波文庫、○波ジュニア文庫が108円である
ついつい読む時間もなく、積ん読にも場所がないのに買い求めてしまう

 

月別アーカイブ : 2015年1月

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