仙台に行った。
仙台は、あまりにも遠いし重いので(?)、副住職と一緒に行った。
夏の暑い盛りに40日も入院をして、安静にしたお陰で、すっかりと筋肉が落ちた
お陰で、冬は寒い。
まるで2〜3枚肌着とダウンを脱いだようなものだ。
それだけではない、重いものを持ちあげられないのである。
米は、以前は一俵60kgだった。
小生が農業を初めた頃、紙袋の30kgに替わった。高齢化で荷扱いの負担を軽くするために
それまでは、60kgを肩に担いで歩くのが農家であることの条件の一つだった。
しかし退院後、その30kgが持ちあげられないのである。
だからいつも、力持ちの魔子様が精米機まで30kgの米袋を持ってきてくれるのである。

今回は、仙台の本田先生の米を引き取りに行く仙台行である
本田先生は、もう83歳。宮城教育大学を定年退官して長い。
現役の時は技術家庭の「栽培」を教えていた。
昭和40年代のころから自分で疎植稲作の研究をしていた。

疎植は、多くの人が「粗食のことだろう。コメばかり食べて…おかずはお新香か?」などと思っているだろう
違うのである、まばらに植える疎植だ。
「アート増毛法で、まばらに植える植毛ではない!(そんな増毛法やる人がいるのか?)」
アタリマエのことだが、稲を間隔をとって、少ない本数を植えるのである
そうすると、日光が少ない本数に十二分にあたって、養分も周囲から十分に吸収し、よく育つのである
ところが農家は、田植えの後、青々とした早苗が風にそよぐのを見て満足する
疎植だと早苗は、水面のさざなみに消されて、単なる池のような風景しかみることができない
だから疎植がいいとわかっていても、隣の田んぼと比べ、自己満足のために一杯植え付けるのである
農業は「となり農業」とよく言う。理論よりも隣との比較が大事なのである。
そうして植えた疎植の田んぼは、7月に入ると隣の田んぼよりも青々として勢いがよくなる。
密植の田んぼは、日陰が多く光合成の量が少ないのである。
アタリマエのことだが、一平米の日射量は、一平米分しか当たらないのである
工夫のしようがない。これが農業の大原則なのである。
大規模にして、効率化しても、一平米の日射量は増減しないのである。
そのために、どうしたら太陽光を上手に利用するために何本植えるか(疎植)を研究している
簡単にいえば、そんなことである

本田先生は、イタリアにも指導に行っているという
イタリアは欧米でもコメを食べる習慣を持っている(リゾットなど…米粉スパゲッティは無い)
だから稲作があるのだろうが、一軒の農家が家族農業で350町歩平均だという。
350町歩と言うのは、広いのである。
日本的表現をすると、一杯、大変イッパイ、なのである
日本の農家の平均耕作面積は1.2町歩だという
だからだから、イッパイなのである。
よく東京ドームに比較されるが、せいぜい日本平均耕作面積は東京ドームの内野だけで
イタリアの家族農業は、東京ドーム90個分が平均耕作面積なのである。(矮小な頭では想像できない)
それでもイタリアでは飯が食えない
フランスでは小麦を200町歩つくっても食えない
アメリカの農産物は、国策の商品だから輸出補助金でなりたっている
だから大規模の農業では、食えないのである
それを日本の農業も大規模化・効率化という人がいる、勉強してほしい。世界の実情を…

そんな話を教えてもらって、本田先生の疎植で作った9袋の米を引き取って副住職と帰ってきた
行きと帰りに、サービスエリアでcoffeeを買った
副住職は、今の珈琲は蓋をあけないで呑むのだという
IMG_0136

すごいことを教えてもらった。いつも蓋が邪魔で、揺れる車内にこぼしながら
「なんと 飲みにくいのだろう」と思っていたが、これで一つ利口になった。
64歳になっても、いつも勉強である(嬉々?)