幸せの黄色いハンカチ

「幸せの黄色いハンカチ」を見た。
以前も見たことがあるが、高倉健の顔が…若い時の顔が思い出せない
なんとなくシワの多い、年輪が刻まれた顔が浮かび上がるのである
一度、若い時の、ハンサムだった時の顔を思い出そうと

みかんやで濃いメンバーと呑んでいたのを中座して、テレビの前でバーボンソーダを前におき
横には小生がくずの野菜(白菜・玉葱)でつくった醤油漬けと、玄米のお握りを崩しながら食べた
(玄米のお握りが酒の肴になることを発見した。塩味と歯ごたえが絶妙である。うれしい。)

しかし、記憶というのはいい加減なものである
こんなにいい男だったのか?まるで昔のワシみたいやないけ!
と同時に、こんな場面が有ったのか?とまるで新しい映画を見るようであった。
健さんが事件を起こした時にきていたシャツは、社会人になりたての時の扱ったプリント柄に似ている
その時はクレームがきて、大量のシャツを売りさばかないといけなかったシャツだった。
そんなことを思い出し、話の大筋は、わかってはいたが細かいところまで覚えていなかった
大体が映像を見るときには、筋の展開だけを追ってみるという見かたである
昭和52年の映画だというが、当時は大阪にいた。
大阪では映画を見た記憶が無い(呑み屋のハシゴだけは覚えているが…)
たぶんテレビ映画で見たのだろう
劇場の映画をみたという記憶は数えるほどしか無い
健さんの映画でも(いやヤクザ映画か…)あまり見たことがなかった
金もなかったが、ヒマもなかった
映画を劇場で金を払ってみるという精神の習慣が身につかなかった。

とりあえず筋の展開だけわかれば良いという見かたである
ところがその筋も今回、余り覚えていなかった
山田監督は、黄色は最初ださずに、徐々に黄色があちこちででくるようにセッテングされていると
ラジオで聞いたが…
そんなことも気がつかない
健さんが革ジャンをきていたことも…
子どもが宿った時に抱えていた清酒が「多聞」だったことも
車が「赤いマツダのファミリア」だったことも、ほとんど気が付かなかった

人間の記憶なんていい加減なものだ
しかし、最後にはきっちりと目から汗が出た。