「典座教訓」という仏教書(?)が有る
「典座」というお寺の料理を担当する人の心構えを説いたものである。
禅の曹洞宗だという
曹洞宗の本山は永平寺である。永平寺は、福井に有る。

学生時代に下宿の仲間と旅に出たことが有る
当然、貧乏だから金はもたない。
東京で深夜映画を見て夜を明かし、それから愛知県の片田舎吉良町の上級生の家に…
そして、名古屋どまんなかの上級生の染工場へ、それから福井の二人の同級生の実家に…
という知人友人の泊まり歩きの旅だった。

吉良町では、赤穂浪士ではなく吉良のお殿様の善政が讃えられていることにおどろき、
名古屋駅から歩ける日銀の裏に工場があることに驚き、福井のひなびた街に納得した旅だった
その旅で、同級生に連れて行かれたのが永平寺であった。
福井市から路面電車で小一時間かかっただろうか…
もう40年も前のことだから覚えていない。
おおきな音を鳴らす板におどろき、すりこ木を土産に買ったような…記憶にある
その永平寺は曹洞宗だということは知っていたが、
後に「土を食らう日々」で水上勉が修行をしていた寺だと知り
またその本で、禅宗における食という考え方に興味を持った。

10年前は、健康だった。体重は100kg近くあった。
白飯を、わしわしと放り込み、そこらにあるタラコや納豆、卵をかけて朝飯を喰った。
10年前に化膿性脊椎炎になって、病弱の徒となり、玄米を食べ始めた。
しかし、玄米はパサパサして美味しくはなかった。
以前、東京時代に横浜の中華街へよく行った。
朝、早起きして運動し、家族が起きてくるのを待って、中華街へ行き
お粥を食べた。あの味が忘れられない。
粥を食べようと発作的に思った。
粥を上手に炊く鍋は…(すぐ形から入る)
土鍋である。

前の日に食べた鍋の汁で粥を炊く。
もちろん生米からである。絶品である。
しかし、冬なら鍋の汁があるが、夏はそうはいかない。
やはり基本を大事にしなければ…と粥の本を買う(すぐ本にたよる)
それが「典座教訓」をベースに、日本の粥と中華粥と二種類の粥のバリエーションを書いてある

それから粥を作り続けた。
朝は粥である。
しかし、食道がんを患ってから、こまったことは…
食道を取ってしまい胃を伸ばして食道がわりにした。
その繋ぎ目が狭くなって。食べ物が素直に落ちていかないのである。
だから食べる量が少ない。これは困る。
量が入らないから、粥だと水分多めになってしまう。

仕方がないので、玄米を美味しく食べる高圧力の釜を買った。
その釜だと、玄米でないみたいにモチモチ感が溢れ出てくる。
しかし、時折、この時期は鍋の翌日は朝粥を楽しむ

本日は、しまか(魚屋)で買った、鱈のあらと白菜を煮込んだ鍋の汁に、
北海道のつぶつぶでんぷんで餡にして、とろみを付けた朝粥である。

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