それで馬鈴薯を調べたが…
すごいことをが徐々にわかってきた。

日本には馬鈴薯は、甘藷(さつまいも)より早く入ってきているのだが、
そんなに広がらなかった。
飢饉に強い作物ということで青木昆陽が甘藷を奨励したという。
それで甘藷が先に広がり、馬鈴薯は、ぽつりぽつりと熱心に取り組む人のいる地域だけで作られたという
(甲府の清太夫芋)
そもそも米に合わないからではないか?という話もあった
肉じゃがやカレーのように肉と組み合わせた料理ならいいのだろうが、コメでは両方淡白だからではないか…
また毒を持っているので栽培を控えたという記述も有った。緑化やソラニンのことを言っているのだろうか…
幕末になって水沢出身の高野長英が「救荒二物考」にて、飢饉の時は”わせ蕎麦と馬鈴薯”を勧めていると書いてある
それから馬鈴薯の栽培が盛んになって、明治の海外野菜の導入で一気に何品種が入ってきた。
だから本格的には、明治から栽培されたようだが、江戸初期には種芋が入っていたのだ…

それとヨーロッパでも栽培が控えられていたと言う
日本よりもちょっと早く導入されたが最初は、有毒な野菜だという噂があったらしい
しかし、栽培が行われてから急速に広がり高カロリー馬鈴薯で人口がみるみる増えたという
しかし、悲劇が起こった。
馬鈴薯の疫病で全滅したのである。品種を一品種にしていたから被害はひどく、アイルランドでは100万人の餓死者を出したという。そのアイルランドの難民が新大陸アメリカに移住したという。
アメリカ人にアイルランド系の人が多いのは、その結果だという(大統領は20人近くいるという)
今は品種を多くして栽培自身が耐病性を持つ農法にしているという
多様性のない栽培は問題が有る
経済は、合理的な効率性をもとめる
農業は合理的な効率性とは縁遠いところにあるのでは無いだろうか?

日本でも日本海側や関東は、高く売れる銘柄米(コシヒカリ・ひとめぼれ)だけに集中している
小生が農業の世界に入った時、岩手県北部は、政府米の地帯で、秋ヒカリ・タカネミノリ・岩手21など、の品種が栽培されていたが、徐々に徐々に耐冷性のあきたこまちやひとめぼれが進出してきて、今はもう多様性は失われている。

そんなことが次々と思い、馬鈴薯考は、どんどん続くのである。

0-11