「食」と「農」と「健康(死)」のあり方というのは、
だれもが、豊な大地から恵まれた安全な農産物を、美味しく食べて健康に生きて寿命をまっとうする
と願って入ると思うが、そこへ絡んでくるのが「貨幣経済」なのである

貨幣経済というか、貨幣のもっている魅力というが…
価値が変わらない安心感というか(最近はそうでもないが…)
貨幣の量にたいする願望というか…(多くの人が持っている)
なんでも交換できる交換価値というか…(誰もが欲する)

結局、農と離れた近代社会は、食のために貨幣を使わざるを得ない
そして、それが絡むと大変ややこしいことになる

昔は、農地の側に人が住み、食べ物がそばにあった。
だから貧乏だけと食い物だけは有った。
食うにこまることはなかった。
(喰える分しか人が住まなかった。)

江戸時代でも、武家屋敷の中は畑で青菜を栽培し
(小松菜は、小松川付近で栽培された青菜だという)
大根がしなびない距離に練馬や亀戸の大根の産地があり
日持ちがする甘藷(栗よりうまい十三里)は川越(江戸から十三里離れていた)などで栽培された。
戦は常に、兵糧を考えた作戦がたてられていた。(兵糧攻め)

そして下肥は農家が引き取り、台所の水は江戸湾に流れ込み豊かな漁場を作った。
だから江戸中期には100万の人が住む世界一の町が出現したのである

ところが近代社会は枯渇資源である化石燃料を使って、都市を出現させた。
そこに有るのは西欧文明からきた、効率化と合理化の賜である
それに拍車をかけたのが貨幣である

税金も米で収めていたのが、貨幣になり、
貨幣で給料をもらう官吏ができ、給料取りが増えてきた
貨幣は、かさばらず、持ち運びに便利で使い勝手が良かったのである。
それはそれで、いい面もあったのだが
貨幣の持つ魅力は、だんだん人を魅了していった。
農とともに有った食が、だんだん離れていったのである

それでも米を自給できなかった昭和30年代後半までは
各家庭の食事の前に「いただきます」や
「お百姓さんありがとう」のような言葉が残っていた

それが今は、貨幣が稼げない農業は、後継者がいなくなり
新規就農者でも平気で「金を稼ぐ農業」などと言う風潮になってきた
そして、単なる土作りの技であった有機農業までも、
安全で高価な付加価値農業になってしまったのである

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