免疫力というのは、こうさんにおしえてもらった。
いつも言っていた

”自己免疫力を上げないと…”

頭で理解はしていたが、ようやく自分も歳を重ねるに従ってわかってきたような気がする
以前の化膿性脊椎炎は、脊椎に菌が入ったので抗生物質で殺すという西洋医学の対処療法そのものである
その後2ヶ月で再発した。
菌というのは、死滅しないのである。
植物の微生物もそうであるが、環境に適応しないと微生物は休むのである
例えは、嫌気性菌・好気性菌と二つに分類されるが、空気にさらされている好気の状態の時は嫌気性菌は休んでいる
同じく水の中で嫌気の状態のときは、好気性菌は休んで、自分の条件になった時に活発化する
これと一緒で微生物(菌)というものは、しぶとい
まるで北朝鮮の菌一族のようなものだ(?)

 

前回発症した時は、50代なかばで、まだ若かった(?)
だから抗生物質でやっつけても10年もったのだろう
今回は、糖尿がからんでいる。血糖値である。
自分では、血糖値も低いし、そんなに感じないのだが、「糖尿気味」と医者から言われ続けていると、なんだか糖尿病患者のような気がしてくる。
結局、歳を重ねると様々な臓器が劣化してきて、以前のように一筋縄ではいかないのだろう

だから目先の菌は、抗生物質で抑えて(「半年飲め」と言われている)全体の力は東洋医学でバランスをとる
というのが、これからの体作りなのだろう

入院していると、西洋医学の考え方がよく分かる
とりあえず患者を一定の状態において注射をし、点滴をし、投薬をして、体内の数値をあるていど一定の数値にする。
そのために動かさない、食べる量を制限する、排出するものを量る。
だから看護師は、早朝から珈琲を呑んで歩きまわり、売店から食い物を漁って食べたり、配食された食事にいろいろとふりかけたり、言う事を聞かない患者を怒るのである(泣)
だから西洋医学は、患者を見ないで数値を見ているような気がする
患者は病気に打ち勝つ気力を持っているのか、打ちひしがれているのか…によってだいぶ数値も違うような気がするのに
病院の廊下では、看護師がパソコンに向かって、データーを打ち込むのに必死である。
そして回診に回ってきた医者は「電子カルデは検索できるけど、以前の紙のカルテは探せない」と言う

今回、東洋医学で…と行った鍼灸医は、30年前、商社をやめて帰ってきたとき、ラグビーで腰を痛め通った鍼灸医である。そこでは、ものの10分もたたないうちに、

「30年前のカルテがありました急性腰痛で昭和59年に通っています」と言う
診察料は再診になった(?)

まぁしかし、東洋医学では治せないものもあるのだから、西洋医学だけを一方的に攻める訳にはいかない
やはり歳相応の智慧のなかで自分が主導権をとって考えないといけないのだろう

ただ多くの人は「病気を治す」と考えているが…
そこにあるのは「死=悪」という考え方が根底にあるような気がする。

死は、悪なのだろうか…

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