脊椎に菌が入った。
しかし、その菌は、三回も、いつ?どんな菌が?なぜ入ったのか?
医者は
「それはわかりません。ずーっと入っているのか、毎回入っているのか?」

ようするに菌が入って、こんな症状が出たから、こんな対策をするという
現代の政治にも似た対処療法である
まあ西洋医学だからしかたがないのだろうが…

 

多分、憶測であるが…
30代後半に「オヤシラズ」が痛んだ。
それまでは、虫歯が無く、歯はしっかりと並び、歯だけが自慢だった。
当時、金沢本社の銀座の営業所でセラミックスの営業をしていた。
全国各地を出張で飛び回り、疲れてくるとオヤシラズが痛んだ。
銀座の若い歯医者は
「疲れてくると痛みますよ。出張先で痛んだら大変ですよ!抜きましょうか?」
と言って両方抜いた。
それからである。歯の隙間が少しづつ空いてくるようきがした。
歯ブラシの習慣は、ついていたが
最近でこそ食事の後に磨くというが
当時は「朝起きて磨く」という習慣だった。
朝、口内をスッキリして、朝ごはんを美味しく食べるのである。
食事の後は余韻を残して置くのである。(?)
ふと気が付くと40代中頃にはりっぱな「歯槽膿漏」になっていた。
40代中頃は、忙しかった。待ち時間が長い歯医者には行く時間がなかった。

0-11

また30代後半頃、かかりつけの内科医に言われた
「心臓に夾雑音が聞こえます、将来、弁の手術をしないといけないでしょう」
弁が完全に閉まらずに開閉している状態である。
当面手術に必要性はないが、そのうちに…と言う診断である
心臓の手術は嫌だなと思いながら50代になった。

50代中頃になって、微熱がずーっと続く状況が続いた。
かかりつけ医は、中央病院の紹介状を書いてくれた。
訳の分からない症状は総合内科に回され、そこからさまざまな検査を経て
着いたところは心臓血管外科である。
そして付いた病名は僧帽弁閉鎖不全症と
僧帽弁の上に「何か菌の塊が付いている」と言う感染性心内膜炎である。

どうやら歯槽膿漏によって菌を心臓の弁に山盛りに付いてしまったらしい。
弁を切除して、機械弁にするか生体弁(豚)にするかの選択を迫られた
機械弁は半永久だが、血液さらさらの薬を飲み続け、納豆は食べられない
生体弁は15年毎に取り替える手術をしろという

まぁ15年ぐらいでいいか?
という寿命の選択をして手術に望んだら、弁の修復ですんだ。

0-92

余談だが、その手術の直前のCTで
破裂寸前の胸部大動脈瘤が心臓の真裏にみつかった。
直径6㌢はもういつ破裂してもおかしくないが
もう5,5センチを超えていた。
心臓手術のあと、三ヶ月後にまた開胸手術をおこなって除去した。というか人工血管に置き換えた。

 

その菌が潜んでいるのだろう
それが疲れてくると現れてくる

あの時は、親しい人が次から次へと亡くなり、売上が上がらず、回復するのに新しい手を打っているところへ
パートが無断で休んで、てんやわんやの時期だった。
ようするに自己免疫力が落ちていた時期だった