ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

噂の真相4

免疫力というのは、こうさんにおしえてもらった。
いつも言っていた

”自己免疫力を上げないと…”

頭で理解はしていたが、ようやく自分も歳を重ねるに従ってわかってきたような気がする
以前の化膿性脊椎炎は、脊椎に菌が入ったので抗生物質で殺すという西洋医学の対処療法そのものである
その後2ヶ月で再発した。
菌というのは、死滅しないのである。
植物の微生物もそうであるが、環境に適応しないと微生物は休むのである
例えは、嫌気性菌・好気性菌と二つに分類されるが、空気にさらされている好気の状態の時は嫌気性菌は休んでいる
同じく水の中で嫌気の状態のときは、好気性菌は休んで、自分の条件になった時に活発化する
これと一緒で微生物(菌)というものは、しぶとい
まるで北朝鮮の菌一族のようなものだ(?)

 

前回発症した時は、50代なかばで、まだ若かった(?)
だから抗生物質でやっつけても10年もったのだろう
今回は、糖尿がからんでいる。血糖値である。
自分では、血糖値も低いし、そんなに感じないのだが、「糖尿気味」と医者から言われ続けていると、なんだか糖尿病患者のような気がしてくる。
結局、歳を重ねると様々な臓器が劣化してきて、以前のように一筋縄ではいかないのだろう

だから目先の菌は、抗生物質で抑えて(「半年飲め」と言われている)全体の力は東洋医学でバランスをとる
というのが、これからの体作りなのだろう

入院していると、西洋医学の考え方がよく分かる
とりあえず患者を一定の状態において注射をし、点滴をし、投薬をして、体内の数値をあるていど一定の数値にする。
そのために動かさない、食べる量を制限する、排出するものを量る。
だから看護師は、早朝から珈琲を呑んで歩きまわり、売店から食い物を漁って食べたり、配食された食事にいろいろとふりかけたり、言う事を聞かない患者を怒るのである(泣)
だから西洋医学は、患者を見ないで数値を見ているような気がする
患者は病気に打ち勝つ気力を持っているのか、打ちひしがれているのか…によってだいぶ数値も違うような気がするのに
病院の廊下では、看護師がパソコンに向かって、データーを打ち込むのに必死である。
そして回診に回ってきた医者は「電子カルデは検索できるけど、以前の紙のカルテは探せない」と言う

今回、東洋医学で…と行った鍼灸医は、30年前、商社をやめて帰ってきたとき、ラグビーで腰を痛め通った鍼灸医である。そこでは、ものの10分もたたないうちに、

「30年前のカルテがありました急性腰痛で昭和59年に通っています」と言う
診察料は再診になった(?)

まぁしかし、東洋医学では治せないものもあるのだから、西洋医学だけを一方的に攻める訳にはいかない
やはり歳相応の智慧のなかで自分が主導権をとって考えないといけないのだろう

ただ多くの人は「病気を治す」と考えているが…
そこにあるのは「死=悪」という考え方が根底にあるような気がする。

死は、悪なのだろうか…

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噂の真相3

人生の総括をしているような気分だ。
結局、健康とは食べ物であり、それを体内にと入りれるシステム(歯)である

子供の頃、テレビが普及しコマーシャルが流れた。
それには、歯を真っ白にするという歯磨きだった
歯を磨くというのは、食べかすを取るという大きな意味が有ったのを教えてくれなかった
「白い歯」「白い歯」と言うコマーシャルが流れてそれが売り物の女優が大写しになった。
そして多額の売上が上がる消耗品「歯磨粉」のコマーシャルのオンパレードになった。
結局、歯ブラシは何を目的とするかが忘れ去られた。
テレビというのは…いや映像で物事を訴えるというのは大きい(これは後で…)

そこで、こんな歯ブラシが出てきた。

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盛岡では当店以外販売しておりません、ぜひお買い求めを…当店の隠れたヒット商品です。(コマーシャル)

また「よく亀」「よく噛め」「100回かめ」というようになったが、この時代そんな余裕が無いから
かまなくて良い食材が良いとされる
つまり「やわらかい」という食材がもてはやされ、そのように加工されていく
ますます、歯を歯茎を鍛えるということが疎かになってします

 

余談 子供の頃、味噌汁に出汁をとった煮干しが丸のまま入っていた。
強い母は言う「カルシュウムだ。食べなさい」
今、テレビの料理番組では、「煮干しは、頭とハラワタを取って出汁を…」というが、
子どもたちの母よ!それでいいのか?

 

しかし、いくらカラダが(歯を)準備していても、身体に入ってくる食べ物が偏っていればどうしようもない
食べ物を選ぶのは、子供の頃は親の意思であり、大人になれば自分の判断なのである

そこで食べ物と、それを作る農業が出てくるのである。

佐賀県の農民作家山下惣一は言う
「工業は、”つくる”と言う。農業は”できる”という。人間が作るのではなく、自然が作ってくれる、できるのである。
だから農作物は、”今年は、ようできた”と表現する。そんなものが経済で評価できるか?」

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本日定休日

火曜日を定休日にした。

先週の火曜日や営業していたではないか?と言う話もあるが…

先週の火曜日は8月12日
365日の間で一番売上が上がる日である。
盆前需要である。だから開けた

多分9月23日の秋分の日も火曜日は開けるだろう。24日の次の日は休みで…

開店した当時は月曜日を休みにしたことも有った。
しかし、夏野菜に休みはないということで、休日なしにした。
しかし、これでは人が参ってしまう。

野菜を犠牲にしても、客を犠牲にしても、…

しかし、店が続かないと意味が無い(泣)

 

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噂の真相2

脊椎に菌が入った。
しかし、その菌は、三回も、いつ?どんな菌が?なぜ入ったのか?
医者は
「それはわかりません。ずーっと入っているのか、毎回入っているのか?」

ようするに菌が入って、こんな症状が出たから、こんな対策をするという
現代の政治にも似た対処療法である
まあ西洋医学だからしかたがないのだろうが…

 

多分、憶測であるが…
30代後半に「オヤシラズ」が痛んだ。
それまでは、虫歯が無く、歯はしっかりと並び、歯だけが自慢だった。
当時、金沢本社の銀座の営業所でセラミックスの営業をしていた。
全国各地を出張で飛び回り、疲れてくるとオヤシラズが痛んだ。
銀座の若い歯医者は
「疲れてくると痛みますよ。出張先で痛んだら大変ですよ!抜きましょうか?」
と言って両方抜いた。
それからである。歯の隙間が少しづつ空いてくるようきがした。
歯ブラシの習慣は、ついていたが
最近でこそ食事の後に磨くというが
当時は「朝起きて磨く」という習慣だった。
朝、口内をスッキリして、朝ごはんを美味しく食べるのである。
食事の後は余韻を残して置くのである。(?)
ふと気が付くと40代中頃にはりっぱな「歯槽膿漏」になっていた。
40代中頃は、忙しかった。待ち時間が長い歯医者には行く時間がなかった。

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また30代後半頃、かかりつけの内科医に言われた
「心臓に夾雑音が聞こえます、将来、弁の手術をしないといけないでしょう」
弁が完全に閉まらずに開閉している状態である。
当面手術に必要性はないが、そのうちに…と言う診断である
心臓の手術は嫌だなと思いながら50代になった。

50代中頃になって、微熱がずーっと続く状況が続いた。
かかりつけ医は、中央病院の紹介状を書いてくれた。
訳の分からない症状は総合内科に回され、そこからさまざまな検査を経て
着いたところは心臓血管外科である。
そして付いた病名は僧帽弁閉鎖不全症と
僧帽弁の上に「何か菌の塊が付いている」と言う感染性心内膜炎である。

どうやら歯槽膿漏によって菌を心臓の弁に山盛りに付いてしまったらしい。
弁を切除して、機械弁にするか生体弁(豚)にするかの選択を迫られた
機械弁は半永久だが、血液さらさらの薬を飲み続け、納豆は食べられない
生体弁は15年毎に取り替える手術をしろという

まぁ15年ぐらいでいいか?
という寿命の選択をして手術に望んだら、弁の修復ですんだ。

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余談だが、その手術の直前のCTで
破裂寸前の胸部大動脈瘤が心臓の真裏にみつかった。
直径6㌢はもういつ破裂してもおかしくないが
もう5,5センチを超えていた。
心臓手術のあと、三ヶ月後にまた開胸手術をおこなって除去した。というか人工血管に置き換えた。

 

その菌が潜んでいるのだろう
それが疲れてくると現れてくる

あの時は、親しい人が次から次へと亡くなり、売上が上がらず、回復するのに新しい手を打っているところへ
パートが無断で休んで、てんやわんやの時期だった。
ようするに自己免疫力が落ちていた時期だった

 

噂の真相1

さまざまな人々から、様々な噂が取り沙汰されておりますが…
とりあえず今回の長期のお休みの「噂の真相」を…

10年前に寝込んだ。もう余り具体的な年月を忘れた。
あれは8月5日だった、(?)

「ぎくり」と腰に来た。
近くの整形外科は、「ぎっくり腰です」と診断した。
ぎっくり腰なら二三日も寝たら治る。
と思っていたら、よくならない、どころかどんどん悪くなる。
どこが悪くなるか?と言うと坐骨神経痛のような痛みだ。
動けば激痛が走り回る。

それから40日近く、家内の車に乗り様々な治療をした。
整形外科を変え、整体に通い、温熱療法、カイロプラクテック。皇后陛下の腰を直したという怪しげな医者(?)
そして聖書を持って自宅の一番近くの橋の上を家族で腰を叩いて渡るというのもあった(藁にもすがる思いでやった)
そして鍼灸と…、みんな「治ります」と言ってくれるが、悪化するだけで「いつ」とはっきり言ってくれない。

最後の鍼灸医「治ります」「治ります」と言いながらギブアップして、
東北でも名医と言われる当時の中央病院の整形外科医長を紹介してくれた。

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定年前の彼は一発で「化膿性脊椎炎」です。と診断した。
そして若い医者を集めて「これが化膿性脊椎炎だ」と言って小生にお辞儀をさせた。
身体を曲げることができない小生に…

背骨の中に悪性の菌が入り、腰椎を化膿させて変形させていく病気だという
「手術はできない、ベッドに横たわって抗生物質の点滴をするだけ…」と治療方針を説明してくれたが
9月初めから50日ぐらい横たわったであろうか…看護婦とすっかり仲良くなった頃に
点滴から「抗生物質の内服」に替わった。
そして血液の炎症の数値がよくなったので「完治」とお墨付きをもらって出てきたのは、もう中秋であった
体重が三桁に近かったのが一挙に70kgに減量した。
減量の結果、全ての数値が良くなった。血圧も…コレステロールも…尿酸値も…高脂血症も…

ところが、おまけがあった。
寒さが一層厳しくなった三ヶ月後、同じ痛みが再発したのである
医者は「まさか…」と絶句した。
その再発は、通院と内服で直したが、3ヶ月ほどまた通った。
二度目の発症である

そして10年ぶりに三度目の発症である
今回も、同じく近くの整形外科は、「単なる腰痛です」という診断
同じような痛みに医者に言っても、「微熱と腰痛は切り離して考えないと…」と言う
”これはやばい!救急で駆け込まないと…”
中央病院は紹介状か救急でしか診てくれないのである。

7月4日の朝、救急車を呼んだ。
運ばれた中央病院救急センターの、若い医者は「化膿性脊椎炎・即入院」と診断した。
それから、今回の長いベッドの生活が始まった。

月別アーカイブ : 2014年8月