環境保全型農業直接支払い交付金というのがあるらしい
要するに環境保全型農業をやれば補助金がでるという

大体にして、多くの普通の人は補助金とか助成金とか交付金とか殆ど知らない
どれが返還しないといけないのか?返さなくていいのか?
誰がもらえて、どういう基準になって、どうすればもらえるのか?
これに一番詳しいのが農家である
いや、農家を支援するといいつつその資金を狙うJAとか、
目的など関係がなく仕事だからと予算を消化しないといけない自治体なのである。

友人の農家は「JAにまかせておけば書類を作って、振り込まれてくる。何が振り込まれているのかわからん」と言い
また別の農家は「次から次へと農政課より新しい補助金の仕事が回ってくる」と言う
そんな補助金農業から一番遠いところにある有機農業まで、最近は
「再生産のために値段を…」
「売上が上がるイベントを…」
「消費者に直接つながることで粗利の確保を…」と平気で言い
「6次産業化で決められた仕組みをつくれば…」と補助金がでる

「農業は金がかる」と新規就農者を脅す人がいる
カネがかかるようになったのは、昭和36年の農業基本法で、
「他産業並みの所得を…」というスローガンで合理的効率的な単一大規模農業を推し進めてからである
大規模の水田に大型トラクターやコンバイン。それに植えるための苗の大型ハウスや、収穫後の乾燥機。
畜産も大規模化の効率化で大型牧草地や採草地、サイロや牛舎、トラクターと…カネがかかり、輸入牛肉や乳製品で外国との競争をさせられ、潰れていった
ようするに原価計算をしなければならない農業になってしまった。
おまけに、種・肥料・飼料・農薬・燃料・資材、すべて輸入である。

それいぜんは、一軒の農家に大家族が寄り添って住み、田植えは総出で、稲わらや籾殻は牛小屋や鶏の敷わらに、その畜糞が混じった藁は、堆肥として畑に還元し、畑の野菜屑は鶏に…
裏山から薪を切り出し、孫子のために植林し、全て物が循環していた。その余剰農作物は街へ換金に出していた。
そのもっと昔の江戸時代は「逃散」と言って重税で農家が逃げていくような「藩の農政」は幕府から厳しいお叱りがあり、農家を大事にしていた言う。コメは税金としてカウントされたが、野菜は自由に売れる換金作物だったという

若干の金さえあれば、食べ物があり、働く仕事があり、植物の成長や四季の移ろいに眼を和ませる暮らしがあった
それが、金がないと暮らせない仕組みになったのは、何が原因なのだろう
そして、それを羨むようなすさんだ心は…

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