ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

朝の楽しみ

朝はやく目が覚める。
歳を取れば、だれでもだ…、というが

異常だ。

朝というか…
寝入ってすぐ…と言うか…
いつも

もうそろそろ朝か?と思うと、まだ日付が変わっていない
そんなことが、しばしばである

仕方ないので、本を読んだり、グラスに残っている酒を呑んだり
ストーブに火を入れて…
思い立ったように粥を炊く

寝る前に、玄米を半合あらって土鍋に浸漬しておいてある
(玄米は、もちろん武田哲くんのあきたこまちの無農薬米だ)
水は7倍の3.5カップである。
それを一度、ガス台で沸騰させてから、ストーブの熱で炊き上げる
小さじ一杯の塩とともに…

しかし、それだけでは面白く無い
タイの赤米を大さじ一杯、そして白だし醤油を大さじ二杯、塩魚汁を大さじ一杯
極めつけは、すりおろした山芋である。これはドッサリといれる

そして仕上げに袋豆腐を崩し入れ青海苔をちらす。

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これをずるずるずるずるとすする
朝の楽しみである

そうこうしている間に、夜が明ける
今日も眠い一日が始まる

 

納豆だけは…

以前、血尿がでたことがある
筒先からでて薄い黄金入りの液体に、細い蛇の舌のような赤い線がくねくねと走るのである。
それはそれで、きれいなものであった。

今回は、コーラルピンクの液体であった。
「何?」と通常の黄金色がチョト鈍い色の赤茶けたピンクの色に変わった
ふと見ていると、じょじょに徐々に濃度を増してくる
そのうちに白い便器が真っ赤になって鮮血で満たされた
「おい大丈夫か?」と独りでつぶやいた。

血尿が出るのは精神的なものが多いというが…
異状なる精神の習慣をもつ入道としては、そういうことは全くありえない

利尿剤と血液サラサラのクスリをもらって、飲んだ翌日のことである
鮮血のような尿が出ると困るのは、便器の後始末である
水洗ならいいが、単なる垂れ流しだと便器が汚れる
あとの人が嫌がるだろう

ところが最近の便器は離れると水が流れるようになっている
なるほど、血尿のためか?

何回か鮮血の血尿がでたあと、止まった。
医者は「クスリが効きすぎた!」と言う

そして「納豆を食べられなくなるが…」と言う
「いや、納豆は大好物で、朝・昼・晩、食欲がなくても納豆だけは…」

なんと言ったって酒の肴ように「たいこばん」を開発したのだ!

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ところが最近、酒が美味くない。
これはいったい、どうしたことやら…

あのひ

3.11が、またやってきた。
月日が経てば、やってくるのは当たり前だが…

三年目の3.11も、なぜか、その時と一緒の場所にいた。
病院である。
当時は、2月に食道がんの手術を受け、ついでにすべて治してしまおうと
白内障の手術を3月11日3時からすることになっていた。
他の眼科は、白内障は「日帰り」とか「一泊二日」とか言っているので
短期間の入院だろうと思ったら、中央病院は3泊4日だという
そんなつもりで入院したのではなかったので、ちょっと驚いた。
入院なれしているので、きちんと確認をするのがおろそかになっていた。

そのとき2時46分は、入院している部屋で麻酔をかけている最中であった。
4階の8人部屋のだっただろうか?
グラッと揺れて部屋中のベッドが、窓側から廊下側から移動した
以前入院した時に看護婦から
「この病院は震度7まで大丈夫だから」という話を聞いていたので心配はしなかったが
それでも悲鳴と怒号と看護婦の「大丈夫」「心配しないで…」という声が響き渡った

何回か強い揺れがあって、窓の下をみるとどんよりと曇った薄暗い街は、車が停まって静かだった
部屋では「一部屋に一台にしてください」と言ってテレビがつけられた。
病院だから自家発電で動かしているのだろう、それが幸いした

「津波が来ます津波が来ます」というような放送は、ずーっと続いていた
しかし、「いつものことだ!どんな津波だ!」と興味本位でテレビを見ていた
3時半頃4時過ぎだったが、飛び込んできた映像は、川を上っていく黒い塊だった。
また有るところでは、海岸線を覆うように黒い塊が飲み込んでいった。

「え!これはなんだ?」
テレビを食い入るように見つめて、
これはこうしていられない。と退院手続きをして表に出た。

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街はしんとしていた。
歩いている人が多かったが…無言だった
普段はふざけながら歩いている高校生たちも、無言だった

北山の交差点は、信号が止まって渋滞をしていた
その車をすりぬけながらトンネルへ入った。
薄暗いトンネルは、不気味だった。
ときおり通る車の音がトンネルに響いた

球場の前で電話が通じた。迎えに来てもらった。
その日は、早じまいをして、家に戻り、万が一のことを考え携帯ラジオをかかえて服を着たまま横たわった

そんな一日を思い出しながら、三年目の3.11はの病院は
院長の挨拶と「黙祷」の声がマイクから流れた
院長は、食道がんのときの執刀医だった。

今回は、循環器の問題である(泣)

 

 

 

箍(たが)

 

箍が外れた。

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いや箍を外さないと、いけないような…
一度ばらして、組み立てようということか…

しかし、昔の人の技はすごい。箍が外れてもしっかりと桶の板はくっついている。
これは板と板の間に留める木釘が打ち込んであるからである
だから箍が緩んでも問題はないが…

何故か箍が外れた。
そろそろ組み直す時かもしれない

この桶は、味噌桶だったものを、薪をいれる桶にしているものです
ストーブのそばに置いてあるので乾燥して縮んでしまい箍がゆるみます

 

 

ターニングポイント

人生には、さまざまなターニングポイントがある
ふと振り返ってみれば、あの時に、あちらの方へ行っていれば…
そのとき、あの方法を取っていれば…

そんな想いがあればいいのだが
そんなターニングポイントを持たない人もいる
淡々と流れに乗って生きてきた人である
それはそれで、そのような生き方が出来る人はすばらしい
いやそういう人でも、ちいさなターニングポイントは幾らも有ったのかもしれない

小生の場合は、ターニングポイントがありすぎるのが欠点である。それも大きな大きな…
どこを間違っても、ここまで辿り着かなかった
しかし、辿り着いたのが良かったか?と言うと、それはわからない
しかし、多くの人に迷惑をかけてきた生き方だったかもしれない

浪人していたときに理科系から文系へ受験直前に変えた
商社を、33の時に後先も顧みずに辞めた。
産業廃棄物業の勤めを他から誘いが有ったらかと35で辞めた
セラミックスメーカーを喧嘩して40で辞めた
44で農業生産法人の社長ともめて辞めた
45でしかたなく独立した
55で二度の開胸手術。60の食道がん

ひとつひとつ年表をくくると、さまざまな当時の悩みと想いが浮かんでくる
しかし、その時はひとつか、二つの問題だったが…

今回は手強い
なんだか人生の集大成のような大きな大きなターニングポイントである
そんなときに、通りすがりの客が、ちょっとしたアドバイスで人を押してくれる。
生かされていると思うと同時に…

必要なときに人を助けられる人、必要なときに人に助けてもらえる人。
そういう人が本当に信頼のできる強い人だと思うのです。

そんな言葉が実感される。いい言葉だ!

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若い友人が送ってくれた言葉だが

天将降大任于斯人也,必先苦其心志,
労其筋骨,餓其体膚,
空乏其身,行拂乱其所為,
所以動心忍性,益其所不能。(孟子)

「天が人に大任を授けようとするときは、必ずまずその人の身心を苦しめ、
窮乏の境遇におき、何を行ってもすべて失敗をさせ、わざわざその人を鍛えるものなのである。
つまり、不運は天の試練として受け止めるべきものなのである」

 

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