3.11が、またやってきた。
月日が経てば、やってくるのは当たり前だが…

三年目の3.11も、なぜか、その時と一緒の場所にいた。
病院である。
当時は、2月に食道がんの手術を受け、ついでにすべて治してしまおうと
白内障の手術を3月11日3時からすることになっていた。
他の眼科は、白内障は「日帰り」とか「一泊二日」とか言っているので
短期間の入院だろうと思ったら、中央病院は3泊4日だという
そんなつもりで入院したのではなかったので、ちょっと驚いた。
入院なれしているので、きちんと確認をするのがおろそかになっていた。

そのとき2時46分は、入院している部屋で麻酔をかけている最中であった。
4階の8人部屋のだっただろうか?
グラッと揺れて部屋中のベッドが、窓側から廊下側から移動した
以前入院した時に看護婦から
「この病院は震度7まで大丈夫だから」という話を聞いていたので心配はしなかったが
それでも悲鳴と怒号と看護婦の「大丈夫」「心配しないで…」という声が響き渡った

何回か強い揺れがあって、窓の下をみるとどんよりと曇った薄暗い街は、車が停まって静かだった
部屋では「一部屋に一台にしてください」と言ってテレビがつけられた。
病院だから自家発電で動かしているのだろう、それが幸いした

「津波が来ます津波が来ます」というような放送は、ずーっと続いていた
しかし、「いつものことだ!どんな津波だ!」と興味本位でテレビを見ていた
3時半頃4時過ぎだったが、飛び込んできた映像は、川を上っていく黒い塊だった。
また有るところでは、海岸線を覆うように黒い塊が飲み込んでいった。

「え!これはなんだ?」
テレビを食い入るように見つめて、
これはこうしていられない。と退院手続きをして表に出た。

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街はしんとしていた。
歩いている人が多かったが…無言だった
普段はふざけながら歩いている高校生たちも、無言だった

北山の交差点は、信号が止まって渋滞をしていた
その車をすりぬけながらトンネルへ入った。
薄暗いトンネルは、不気味だった。
ときおり通る車の音がトンネルに響いた

球場の前で電話が通じた。迎えに来てもらった。
その日は、早じまいをして、家に戻り、万が一のことを考え携帯ラジオをかかえて服を着たまま横たわった

そんな一日を思い出しながら、三年目の3.11はの病院は
院長の挨拶と「黙祷」の声がマイクから流れた
院長は、食道がんのときの執刀医だった。

今回は、循環器の問題である(泣)