ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

 

コータロー山荘へ行った。

多くの人は、高村光太郎の山荘か?と思ったり
そういえば、昔はやった山本コータローの山荘か…
とか、吉塚公太郎の田野畑の新婚のほったて小屋か?と思ったりするだろう

実は、小生もそう思っていた
「光太郎山荘」だと…

しかし、この山荘は、街中にある
そして、それも川辺だ…

IMG_0010中津川の川辺に有るレストランというか…

バーというか…

要するに大人の集いの場所である

当然ワインはある、ジンもある、マティーニもできそうだ

そんな「敲太楼山荘」は、なぜ「敲」の字を用いるのだろうか?

「敲」は”たたき”と言う読み方なのだ…

昔の刑罰にあった。「ひゃくたたき」

そんな字の敲太楼山荘は、トルコ料理がメインだという
世界3大料理の一つだというトルコ料理

そんなトルコ料理を食べながらワインを呑んだ

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それだけの話しであるが…

この夫婦が異色である。盛岡にはない、いい雰囲気のお店である。

朝のルーティングワーク

最近、朝はスィーツで始まる
目覚めて、大矢珈琲の深煎りのフレンチをミルで挽き
陶製のドリッパーに蒸らして大ぶりの珈琲碗にたっぷりと入れてブラックでまずは一杯

その時に、甘いモノが欲しい
というか…
目覚めたら糖分を補給しないと脳が動かないそうだ
(日中でも、いつも動かない人が周りには多すぎるが…)

だから、二日酔いのときは酒まんじゅうを…
ひどい深酔いの時は、ブランティチョコを…
迎え酒でというわけではない

酒が脳内に残っていない時は
文明堂のカステラや、
舟屋の芋ようかん
よこやまのまんじゅうだ

昔は、一年に一度だけ甘いモノを食べたものだが…
そう昔は「男は三年にかたほほ」「一年に片まんじゅう」と言ったものだ

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それが終わると…

次はティータイムである
熱々の湯を沸かして、陶製のポットを温め、たっぷりの紅茶と生姜の乾燥したものをいれる
生姜紅茶である
それをバスケットではないがジャンピングスローである
陶製のポットのなかで、紅茶の葉を舞わせるのである

 

昔、読んだエッセーに「美味しい紅茶」の話が書いてあった

英国に行った時に執事が入れたミルクティーの美味しかったこと…

そんな文章を読んで美味しい紅茶を入れる技を取得したかった
その文章の結論を忘れた
たしか、美味しく呑むための準備をきちんとしたというようなことが書いてあったような…

お湯は、ちんちんに沸かす
ポットもカップも、事前に十分に温める
そして葉を舞うように、高い位置からお湯を落とす
そして葉が沈むころが飲み頃…

そんな話だったが…

その合間に、昨夜の残り鍋の汁で玄米粥を炊く
山芋をすり、卵を落とし、豆腐を崩し入れる
これが旨いのだ…

今日は、浅蜊鍋の残り汁だ
塩味のさっぱりした味付け

だから3時半に起きても、あっという間に出勤時間になってしまう
朝は、出かける前に5時間欲しい!

 

職人芸

だいぶ長いあいだブログを更新していない
ちょっと書く気にならないのだ

これが仕事だ!というなら無理やり書くが…
じゃ〜ブログは、なんだ?

いや、そのまえに「仕事なら…」というが…
仕事とは、なんだ?

金を稼いで生活を成り立たせて生きているから、金を稼ぐの仕事ではないか?
稼がないと生きていけない
だから仕事は、無理矢理でもしなければならない
どんなに、やりたくない仕事でも…

そういえば昔、「職人」という職種があった。
その人のいい仕事は、職人芸と言われた
いや、その素晴らしい仕事は「名人」と言われた
名人は気難しい
「いや」と言ったら、仕事はしない。
それでも生活は成り立っていた。
貧乏長屋に住まいながら…
子どもたちはボロをまとわせ
女房は、こめかみに梅干しを貼り付け(イメージだが…)

そんな気概があってもいい
嫌な仕事は断る
二日酔いの日は、寝ている
気が乗らないなら店を開けない
いいものが手に入らなければ、つくらない
昼日中から、呑み始める
どうしても酒の話がでてくるが…
だいたいが「酒は夜飲むものだ」と誰が決めたのだ!

今日は昼から呑む予定だ’(嬉々)

 

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ふすべⅡ

会津の友人が、送ってくれた
持つべきは、友である。

『ふすべ』について

雪菜が食べたくなった。
こんなにまでして食べる東北人がいじらしくなった

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「畑の白菜を採って、海水でじゃぶじゃぶ洗って食べるのが好きだ!」
佐賀県は、海辺の唐津で農業を営む農民作家の山下惣一さんは、そう言い切った
一年中、作物が採れる西日本と、雪という大きな自然とともに暮らす東北と…

どちらが良いのだろうか?
いいとか悪いとかと言うことではなく、その地域とある暮らしなのだろう
その地域とある暮らしが、いつの間にか「地域」も「旬」も「技」も無くなってしまったような気がする
それを新たに作ることが役割なのか…
智慧をつかって…

 

送ってくれた友人は、今、東北農家の2月セミナーに参加している
小生は、入院しているとき以外欠席は、初めてである(泣)

65℃

玄米を炊いている
いや何時も自宅では炊いているのだが
店でメニューとして炊き始めている

自宅のガスの火力と店の火力が違うので、様子を見ながら炊き始めている
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ようするに65度をいかにゆっくり通過させるかが、
火力を見る基準である
ようするに、でんぷんが糊化するのが65℃である。
玄米を均一に満遍なく、じっくりと糊化させるのがポイントなのである
それを南部鉄器の釜で、二度炊きしながらじっくり炊きあげた玄米ごはんである。

炊いたご飯はしっかりと
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カニ穴が開いている
武田哲くんのアイガモ除草あきたこまちである

ふすべ

「本を見せて頂いてよろしいですか?」
「どうぞ!」と言うと
その女性は「聞き書き 宮城の食事」を取り出した、

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パソコンで遊んでいる小生のそばで一生懸命めくっている
後ろの索引から前に戻り
前に戻っては、その前後をペラペラと…

そのスピードが緩んだので見つかったのか?と思い声かけた
「欲しいページがあるなら、コピーしましょうか?」
「いえ、ふすべ…というのが無いのです」
「ふすべ?」
「おじいちゃんが作っていたのですが…青菜にお湯をかけて…」
「おひたしですか…」
「いや、それが…」
「岩手県南なので、伊達(宮城)の料理かと思ったのですが…」
「ふすべ?どこかで聞いたことが有る」

パソコンで検索してみた
ふすべ”と言うのは、「いぶす」と言う意味があるという
しかし、お湯をかけていたと言う
”いぶす”と言う意味で使っていたのではないだろう

そうしたらふすべ餅というのが出てきた
なんと焼いた泥鰌を粉にして汁を造り、餅を入れたものだ
県南の郷土料理だ。これか?
と思ったが、餅だ!青菜ではない

そうしたら「ふすべ漬け」というのが出てきた
米沢の伝統料理である
ふーん、岩手県南でふすべ漬けを作るおじいちゃんは、山形の人から教えてもらったのだろうか?
それちも、若いうちに米沢と縁があったのだろうか
しかし、近くにふすべ餅という泥鰌を使った餅料理があって
ふすべるがっこづけ(いぶりがっこ)が、秋田にあって
ふすべる漬物が山形にある

「ふすべ」とは一体、なにものなのだろう

てさき

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折鶴を折った
ひょっとして初めてだろうか?
付いてあった鶴の折り方を見て折ったのだが…
途中わからなかった。魔子様に

「ここ教えて…」というと
「折ったこと無いの?」と言われた

折り紙は、色々と折ったが…
鶴は…折った記憶が無い
多分、きれいに出来ないから…
”あとで…”と言ってそのままになっているのかもしれない
ただでさえ手先が不器用だ。
重ねて折って、更に重ねて厚くなった部分にズレが生じ、綺麗にできない
手先が器用な人は羨ましいといつも思っていた。
きれいに削った鉛筆
きれいに剥いたリンゴ
ふと、昔のことを思い出した「

今の子供達は、鉛筆を包丁やナイフで削ったこと有るのだろか
リンゴやナシを、むいたことがあるのだろうか
昔は、手先が器用な人は羨ましいと思ったが…
勉強ができなくても、手先が器用な子は、それだけでも一目置かれた
今、「手先が器用だ」などという言葉はあるのだろうか?
そんなことを思う子どもたちは、いるのだろうか?

そんなことを思ってしまったが
何か想いがあって、千羽鶴をつくろうと思ったわけではない
ただ「いろがみ」が欲しかっただけである

人生

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北上は大雪だった。一日に40㌢降ったという
やはり、東京には負けていない
沖縄へ遊びに行って帰ってきたばかりだと言う農家の友は、
沖縄では悪天候で飛行機が飛ばないと言い、羽田はタクシーを1時間待だった、帰ってくるのに三日かかったと言いながら
荷物を放り出して、「ゆきはき」をしたという
おばぁちゃんがディサービスから帰ってきて、息子夫婦は母が入院している病院に行っているという
大家族がそれぞれに、動いている

米を引き取りに行った家でも、孫が大声で帰ってきた
夫婦でお茶を飲んで、昔の話と後継の話を、しきりに…

農家は大家族である
老後を心配する必要はない

先日、年金生活の人と話をした

定年になって下げられ続ける年金生活がよかったのか…
自営で老体に鞭打って働き続けたほうが、よかったのか…

年をとって、ふと今までの生き方と今後を考えてしまう
結局、何を頑張って生きてきたのだろう
農家の生き方と勤め人の生き方と…

 

 

 

 

 

モザンビーク

 

「お金の話が多くなる過程と地域が衰退していく過程は一緒だった」
と話してくれたのは、60年余り専業農家として暮らした東北の農民である。

こんな言葉で内山節のコラムは始まった。

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そういえば20数年前に農業の世界に入った時は、
まだ、いかにして収穫を安定させるか?
稲作は、早生と中手と晩生を組み合わせて、天候不順でもどれかが収穫できるような生産体系だった
しかし、共済という保険で、そのような生産体系は不要となり、技と智慧は、消えていった。
そして、いかにして一年を通して米を食べることができるか…がある程度語られてきた
農家は、新米は収穫した直後と翌年の収穫が確実に見込まれる7月に食べ始めた
ところが腐らない貨幣は、すべて金銭に変えさせた
またいま、語られてきていることは「再生産できる価格を…」と言う
土と種があれば、再生産は可能であるにもかかわらず。

米屋も、新米の時期と梅雨ごしの米の味をいかに均一にするかが米屋の技であった
いま科学技術の発達で、冷蔵設備ができ、真空技術である程度の保管は味を損なわないで日持ちすることができるようになった
しかし、それは枯渇する化石燃料やそれから作られるプラスチック製品のおかげである
それらをつかって、いかに安くていいものを販売していくかに変わっていった。
本来流通は、あるところから無いところへ流れるようにするのが役目である
しかし流通も、お金のあるところへ、あるところへと流れるシステムになってしまった。

 

グローバルに考えれば、自給率40%を切ってほとんど輸入に頼っている日本は、これから中国に買い負けるだろう
貨幣経済で化石燃料を輸入し大規模で合理的・効率的な農業生産は、続くのであろうか

そんなことを思っているときに、こんな文章を見つけた
余計なことをするな日本!
モザンビークを見習わないと…
最近の日本にも通ずる話だ。

 

 

TICAD V:モザンビークの人々から安倍首相に手渡された驚くべき公開書簡

投稿日: 2013年06月02日 18時06分 http://www.huffingtonpost.jp/maiko-morishita/ticad-v_b_3373974.html?view=print

TICAD V(第5回アフリカ開発会議)に特段興味がなくとも、大豆食品を食べる全ての人に知ってほしい話がある。第5回を迎えるアフリカ開発会議の開幕前夜の5月 31日、安倍首相主催のレセプションにおいて、モザンビークから来日した一人の男性が同国の十数万の人々より託された公開書簡を首相に手渡すという任務を 全うした。その内容は、日本に対して大きな問いを突きつけるものだった。

「援助から投資へ」――6月1日から3日にかけて横浜で開催されるTICAD Vの打ち出しは、明確だ。「最後のフロンティア」と目されたアフリカの豊かな天然資源を獲得するため、オールジャパンで日本企業による対アフリカ投資を後 押しし、中国や韓国に対する出遅れを挽回する。海外投資を呼び込むことでアフリカ経済を成長へと導く。これこそ理想的な「ウィン・ウィン」だと。

果たして本当にそうなのか。

公開書簡に話を戻そう。モザンビークの農民組織やNGO団体により起草された「公開書簡」を安倍首相に渡すという重任を託され来日したのは3人。

1人目は、2000以上の加盟団体をから構成されるモザンビーク最大かつ全国規模の農民組織、「モザンビーク全国農民連盟(UNAC)」のアウグス ト・マフィゴ代表。2人目は、同じくUNACのアドボカシー(政策提言)を担うヴィンセント・アドリアーノ事務局長。3人目は、モザンビーク北部のナン プーラ州の100以上のNGO/CSOが傘下する「ナンプーラ市民社会プラットフォーム」のアントニオ・ムジェネレ代表。ムジェネレ氏は、モザンビークの 首都マプトで開催された市民社会会合でモザンビークの市民社会の代表として選出された。彼らは、モザンビークの十数万人の人々の声を代表している。

「公開書簡」の内容は深刻だ。日本政府並びにJICAが力を入れる大型農業開発ODA「プロサバンナ(ProSAVANA)」事業の即時停止の要求 だ。支援の対象とされる小規模農家との協議や情報共有が2009年の事業合意から現在までほぼ不在だったこと、リークされたマスタープランのドラフトとも とれる報告書の内容が小規模農家の置かれた状況や彼らの望む開発のあり方にまったく立脚しないことに基づき、事業の即時停止と見直しを行い、小規模農家な らびに市民社会との協議や合意に基づいて事業を進めるためのインクルーシブなメカニズムの設置を求めている。それは、日本のODA(政府開発援助)のあり 方のみならず、日本の農業投資政策、そして日本に住む私たちの食のあり方を根本的に問い直すものだ。

プロサバンナ事業とは、日本・ブラジル・モザンビークの三角協力による大型農業開発事業で、日本がブラジルに対して行った農業支援「プロデセール (PRODECER)」をモザンビークで再現するという触れ込みだ。プロデセールは、70年代、日本の大豆輸入先であった米国が輸出禁止措置を敷いたこと から大豆輸入先の多角化を念頭に行われたもので、ブラジルを世界屈指の大豆輸出国へと変貌させた成功物語として語られている。

プロサバンナ事業は、モザンビーク北部のニアサ州、ザンベジア州、ナンプーラ州にまたがる巨大な農業開発プロジェクトだ。対象となる農地はなんと 1400万ヘクタール。日本の耕作面積の実に3倍という途方もない規模だ。事業は、農産物の輸出を担う港としてナカラ港の改修計画に始まり、モザンビーク 内陸部と港をつなぐ鉄道や幹線道路の整備改修など、「ナカラ回廊」全体の開発を目指す。

事業は、PPP(public-private partnerships:官民連携)として、早くから企業との協力体制が敷かれ、2012年4月には官民合同ミッションも実施。伊藤忠をはじめとした企 業が大豆や胡麻などの生産輸出事業の展開を念頭に準備を進める。日本政府JICAはODA事業として日本向けに適した大豆品種の開発や安定した収量確保の ための農業支援を行い、こうした大豆を商社などが買い受け、日本の食卓へと届ける。日本は、大豆や胡麻といった、私たちの生活に欠かせない作物の安定供給 を達成し、日本の食料安全保障にも貢献するというストーリーだ。ちなみに、これはODA案件なので、モザンビークの貧困削減と小規模農家支援にも資すると いう。

しかし、そうした喧伝とは異なり、プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家支援にも貧困削減にもつながらないという批判が各国の市民社会、国際NGOから寄せられている。

モザンビークは非常に貧しい国だ。過去10年にわたって7%の経済成長率を続けていることが注目されるが、最新の人間開発指数(HDI)では、世界 ワースト3位。2015年までに貧困を半減することを目標に設定されたミレニアム開発目標の達成の見込みも低く、貧困線以下で生活する人は未だ58%、栄 養不良人口も多く、人々の食料へのアクセスが確保されているとはいえない状態だ。

プロサバンナ事業の予定地である北部は、モザンビークの中でも気候が温暖で土壌も豊かなことで知られる。この地域に住む人々の多くは自給自足を基本 とする小規模農家だが、自らの食料を生産し、南部もこの地域の食料生産に頼っている構図だ。こうした土地が、輸出向けの換金作物を中心とした大規模農業に 取って代わったときに何が起きるのか。

決して豊かとは言えずとも自給自足型の農業に従事していれば、食べることには困らない。しかし、農地を明け渡し、農業経営者に雇われる賃金労働者と なると、食べ物はお金を出して買うものになる。そして、受け取る賃金が低く、充分に買うお金がなければ(そして多くの場合そうなのだが)、充分に食べられ ない事態に陥ってしまう。実際に、アグリビジネスの参入などによって大規模農業を展開した結果、国としての生産量や輸出量、そして経済成長率が上がったに も関わらず、貧困率は改善せず、小規模農家の生活が苦しくなったケースは、世界中で報告されている。2007/8年の食糧価格高騰以来、高水準で推移する 食糧価格は、アグリビジネスにとっては収益増をもたらしたが、固定された安い賃金で雇用される小規模農家の家計はさらに圧迫されることとなった。

今回の来日は、こうした問題を日本政府に直接訴えるために行われた。
モザンビークからの3人に同行して、ある国会議員を訪ねた。

「では本当に必要な支援はどんなものか。」

議員に聞かれた質問に、彼らは明快な答えを持っていた。

「モザンビークの小規模農業にはインフラが足りていない。だが、今必要なのは、自分たちの食料を奪い、海外に作物を輸出するための港や幹線道路の整 備改修じゃない。必要なのは、小さな村と村の市場をつなぐ道路や、持続可能な形で環境負荷の低い農業を行うための、小規模な灌漑設備だ。種子についても、 毎年種を買うことを強いられる遺伝子組み換え種子ではなく、小規模農家自身が選び守ってきた伝統品種や固定種の優良な種子をきちんと保存し、共有するため のシステムだ。技術指導も必要には違いない。しかし、それは土壌を急速に劣化させる大規模な単一栽培を進めるための技術指導ではなく、自分たちが食べる作 物をいかに環境負荷の低い持続可能な形で生産し、収量や品質を改善できるかという指導だ。」

投資を呼び込む形で経済成長を促しても、それが貧困削減に必ずしもつながらないことは、急成長を遂げる新興国が、一方で格差拡大と深刻な貧困問題に 直面している例を見るまでもなく明白だ。加えて、「支援」とは、当事者の自発的な取組みや意向を支え、後押しするのがあるべき姿だ。援助業界で枕詞のよう に使われる「オーナーシップ」が本来意味するのは、まさにそういうことだ。そしてモザンビークの彼らには明確な知恵とビジョンがあるのだ。

「援助から投資へ」「戦略的なODAの活用」こうした言葉の持つ意味と実際にもたらすことになる影響を今一度考え、支援のあり方を再考する必要がある。プロサバンナ事業は、モザンビークの小規模農家にとって、「ウィン」の実現からはほど遠い。

一方で、食料の1/3を捨てている日本。生産調整を行い、休耕地を抱えながらも、大豆、トウモロコシ、小麦、胡麻の大部分を海外からの輸入に頼る日 本。日本の食料安全保障の追求が、世界の最も貧しい国の一つであるモザンビークの最も肥沃な土地を、「援助」の名の下に食料生産地として獲得することでい いのか。日本政府の描く「ウィン」の姿は、本当に私たち市民が望むものなのか。

明確な知恵と開発のビジョンを持ち合わせる彼らの取組みを支える支援のあり方をなぜ実現できないのか。

日本のODAのあり方、日本という国の農業のあり方、そして私たちの食への向き合い方が今問われている。

【訂正】公開書簡を安倍首相に手渡した日付が3月31日となっていましたが、正確には5月31日でした。

後日談2

今まで何回も、こういう問題が有った
大体は飲み込むことで解決した
そして飲み込めない時には、時間が解決した

それが就寝間際になっても、胸が詰まっていた
横になって寝ていると胃酸が逆流するような気がする
仕方がないので、立って夜を明かした
朝もだいぶ飲み込めそうだ。と思いながら飲み込んでみたが…
やはり水も入っていかない
食道がひょっとしたらくっついたのかもしれない

仕方がなく電話をした
「食べ物も、水も通らない」と…

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すぐ行った医者は「順番待ちだから…」と言いながらも
3人ほどやってから、呼ばれた

そして煙突掃除か、どぶ掃除のように、胃カメラを前後・上下・左右に動かしながら

ここ詰まってるね
この上が、とれない
もうちょっと押し込んじゃえ
これは胃に落ちないね
これさえ落とせば…

と言いながら、ようやく開通した
口からよだれ
眼から涙
鼻から鼻水

顔中汚物まみれで、高圧洗浄は終わった(泣)

 

 

月別アーカイブ : 2014年2月

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