エコビレッヂというのがある
エコな村?環境にやさしい村?と思うだろうが…

こんな村のことを言うらしい

  • ヒューマン・スケールを基準に設計される。
  • 生活のための装備が十分に備わった住居がある。
  • 人間が自然界に害を与えず、調和した生活を行っている。
  • 人間の健全な発達を促進する。
  • 未来に向けて持続的である。

世界各地にあるらしい
それを日本で実践している村の住民から話を聞いた
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20年目を迎える
当初20人で始めたのが現在81名になっている
田んぼや畑、を20町歩ちかくみんなで力を合わせて耕し自給自足的な生活をしている
自然農法で無化学農薬・無化学肥料で、野菜米など多くのものを栽培している
その野菜を利用した弁当や宿泊、様々な研修で金銭的な収入を得ている
農園の収入を全員で分けあい財布は一つで、子育ては全員で行う
大きな家族という感覚であるし、ちいさな村という感覚でも有る

今の経済優先社会や貨幣経済に疑問を持つ人にとって、素晴らしい村である
いや、ひょっとしたら今の社会の反面教師として、こんな村がどんどん出てくるのだろう
面白い
たぶんこんな村なら、入村希望者がどんどん出てくるのだろう
しかし、20年で80人しかいない、ということはそんなに希望者がいないのか?
それとも入るのに厳格なルールや何か主義・信条に同調しないと、と言う項目があるのか?
パンフレットには「人や自然と調和して生活し、自らの役割を進んで果たしていく人であれば…」
と書いてある

 

主たる仕事は農業だという
17ヘクタールの畑や田んぼを耕し110品目250品種の作物を作っているという
無農薬・無化学肥料の自然農法で…
持続的な暮らしとしているが、広大な水田や畑を耕作するのに枯渇する化石燃料のトラクターを使用している
まぁ地域の人からどんどん農地をまかされて自然と大きくなったのだろうが…

しかし、農業の一番の問題は、不安定な気象条件のなかでものを生み出さないといけないことである
一生懸命努力しても、一発の大雨、台風、干ばつで全滅する
そのために先人たちは、さまさまな智慧を注ぎ込んで努力してきた、
(早生、晩生、中手と栽培の危険分散や品種改良、土作り、食糧の保管方法等々)
科学が進歩しても、植物が成長するということは、光と水と空気(二酸化炭素)の光合成の仕組みから離れられないのである
そして、努力しても叶わないときは神仏に祈るしかなかった
だから農業は、宗教と密接につながるのである
昔の神楽や伝統芸能は、神仏に豊作を祈ったり、生産のための自然の安寧を祈るための風習なのである

ところが最近の有機農業は新興宗教とつながっている
有機農業という言葉も戦後の言葉である
新しい農業に新興宗教が結びつくというのもよく分かる
それを否定するものでないが、なぜ有機農業がもてはやされているのか?をわかっていない人が多い

今我々は、枯渇資源を使って農産物を生み出している
それを持続可能な農業(生き方)にしようというので地域の有機物を投入しようというのが原点である
つまり、そこに流れているのは「循環」なのである
無農薬・無化学肥料栽培が、有機農業ではない
大規模の有機農業をやっていますということは利用できなほどのゴミを出す
それでは慣行農業の単一大規模の効率化した農業と一緒である

地球は閉鎖空間である。その中で循環を目指さないと未来はない
拡大有りきの資本主義経済では、もうもたないという反省がされている。
人も地域もちいさな関係性の世界で、循環する経済が必要なのだ
そんなことを、思ってしまった