年末になると、喪中はがきが来る
この歳になると、父が…母が…と言ってもだいたいが90を超えた人が亡くなったと言う喪中である
20年前は、祖母が祖父が…という喪中だったが…

 

そんな葉書の一枚に、こんな宛名が有った。「鉢の底」である

だいたいが住所の「鉢の皮(はちのかわ)」という住居表示が珍しい
よく平気で、その辺を歩いているののは「つらのかわ」が厚いやつである
このまえ都知事を辞めた人は「ばけのかわ」が剥がれた人である
「さんずのかわ」を渡してやるのに親子で船賃をとっている家内企業もある
(最近バックグランドに異教徒の音楽を流していると聞いた。)

その「はちのかわ」というのは、調べたら

「植木鉢」の「皮(表面)」の土が採れるところ

と言う意味だという
なるほど、それで重粘土質の赤土なのである
以前テントハウスで営業をやっていた時に、ハウスを二棟建てた。
並列して建てたので、間に大量の雨が流れ落ち、ハウス内に大量に滲出し、深さ10センチの湖ができた
ハウスの間の排水口が、浅かったのである。(小生の考えと一緒だ)

木造で建てた店は、雨樋が付いている。
しかし、機能を果たさない。
雨樋に松の葉が溜まって、流れ落ちないのである
この雨樋の松を取る作業が大変である。ハシゴを少しづつ移動させないといけない
本当に松園に行く道の並木を、どんどんぶった切ってほしいと請い願う入道である

話がそれた
「鉢の皮」という住所が、なぜ「はちのそこ」になってしまったのだろう
これを哲学的に考察すると
植木鉢は、「皮(側面)」」も「底」も材質は一緒だ。
だから深く考える必要はない
おなじ「どんぞこ」である(大泣)