松園は、昭和40年代後半に作られた街である
最初は大きな構想があって、
一つの市にしよう!とか
高校が一つできるようにしよう!とか

当時の拡大路線が浮かび上がってくる
しかし、街はできても人が働く場所がなければ暮らしていけない

 

これは今の被災地でも一緒だ。
震災前は、若者が離れる衰退する水産業の街だった。
それを復興だ復旧だと言っているが、どこへ戻るのか?
水産業の盛んな時代に戻すのか?
震災前の高齢化する衰退する水産業の街に戻すのか?
はたして三陸の水産業は成り立つのか?

水産業は設備産業である
大きな船舶で遠洋へと…
そして大きな冷蔵庫で市場価格を睨みながら出荷する
おまけに水産物の放射能の風評被害
大型冷蔵倉庫の設備投資しても流通経路は長い
働く若者もいない

そんな三陸の水産業は成り立つのか?

 

松園も一緒だ
松林を切り開いて大きな団地を造成し、拡大路線を突っ走ったが、
結局、人口2万人の盛岡のベッドタウンで終わり高齢化する街になった
当時の都市計画では盛岡35万人構想があったらしいが、数十年たった現在、隣村の玉山村との平成の大合併で、ようやく30万人である

今の近代社会の多くの産業は、効率化と合理化の極地で成り立っている
人件費、地代、など経費を考えれば、当然海外へシフトしていくのは当たり前であろう
だから地方都市はますます疲弊していく

名古屋の某自動車工場の周囲は交通渋滞で大変だという
それは時間指定で納品をするために、納入部品を積んで工場の周囲をトラックが回っていると言う
だから部品工場も近くに作って流通コストの削減を図るという
地方にそのような工場はこない

また大型ショッピングセンターができるようになって、どんどん中小の商店が潰れていく
中小の商店は、昔からの従業員がいた。
ショッピングセンターの従業員は、ほとんどがパートである
中に入っているテナントに雇われているが、それが採算が合わないと撤退する
簡単に首が切れる状況になった

そんな働く場所がどんどんなくなっていく地方都市に人が増えるわけがない
日本の人口が少なくなったと最近報じられているが、地方都市はもう以前からそのような状態である
人が生活するには、生活費が必要だ。
だから人が増えると消費する生活必需品を購入するとい経済活動が活発化する
人が減少すると経済活動が停滞する。自明の理である


衰退する松園に人が増えつつあるという
被災者が内陸に移り住んできたという
三陸が復旧したら、その人達は戻るのだろうか?
その人達は戻ったら、また人口が減少していく街ができる

 

そんな松園ニュータウンの片隅に墓地があった
松林をもっていた一族の墓地のようだ
ご先祖は、松園の発展を願って土地を売ったのだろうが…

こんな状態になって、ご先祖は、
なんとか発展を!と、願っているのだろうか?
それとも変わらない無事!を願っているのだろうか?