ある家で、こんなモノを視た

”ある家である。ある寺ではない。”と強く言っておこう

「電話料金入れ」である。
こんな将棋の駒の形をした電話料金入れ?

今の若い人は、電話料金というのは自動的に銀行から引き落とされるモノで
引き落とされないときは、コンビニに走って行くものだ!と教え諭されているだろう

今は一人が何台も携帯を抱えて嬉しそうに話しているが
昔は一世帯に一台。その昔は近所に一台だった。
別に決めごとがあって、そのような電話分布になっていたわけではない
電話は高額だったのである。電話を敷くのに高額の権利料金を支払わないといけなかった
だから、その家に電話を借りに行ったのものである
電話を置いてある家には、みんな有った、この料金入れが…

 

 学生時代(フィリッピンのポン引き(micann談)をやっていたころ)
下宿から実家への「金送れ」の送信メールは手紙だった。
ときおり緊急のとき、高額の電話料金を払って実家の裏に電話をかけて呼び出して貰ったことがある
早くしゃべらないと高額の料金をとられる(当時、交換手に料金を確認して支払いをしたような気がする)
ところが金をせびるのは、すんなりと言えない

「げんき?」「うん、こちらもとってもげんき!」
「ところで、そちらの天気は、どう?」「父ちゃん元気?」
「ミミは?(飼い犬である)」
そんな話を延々としながら、言い出せなくて、なけなしの金を払ったことがある

こういう時、”決める政治の自民党”だったら…
小泉進次郎風に「カネ足りない。送ってくれよ」とつっけんどんに言うのだが(?)
と思うのは小生だけでないはずだ(泣)

なんだかだらだらと書いてしまったが
ようするに携帯電話以前と以後と時代が分かれていて

その携帯電話以前の公衆電話(赤とか緑とかピンクとかキャバレーとか…なんで色々あったのだろう)、
そのまえの黒のダイヤル式の固定電話、そして近所に借りに行った電話、と変遷をトゲながら
そのまえの長〜い飛脚時代を思い出したのである(?)

それに比べて携帯電話以後の技術の進歩の早いこと
今、画面をいじると動くやつがあるという
それは一体どんな仕組みになっているのだ?
まったく信じられない
通信技術の発達は、とどまるところをしらない
そのうちに「金送れ」と吹き込むと
画面から金がワンサカ沸いて出てくるアベノミクスがもてはやされるだろう(?)

 

あの電話料金を心配しながら、話をした頃が懐かしい
余談だが、あの「電話料金入れ」に入っていたお金を黙って借りて、映画を見に行ったらしい。
と坊守さんが言っていた
有る家の話である。ある寺の話ではない