ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

学校

有る学校へ弁当の配達に行った
おおきな学校だった。

あちこちに張り紙がしてあった
   

学校も大変なんだ

酒と女

いつもの盛金デモである。
まだ夜は寒い。
桜のたよりが、あちこちから聞こえるが…
岩手はまだまだ、ツボミだ

”やはり熱燗は手放せない”と思いながら
燗をして水筒に詰めてこなかった(深く反省)
常温の陸羽132号である。
しかし、美味かった。
やはり熱燗よりも、常温かも知れない陸羽は…

そんなことを想いながら歩いてデモしていると
女性が寄ってきた
「このまえはどうも!」という
ふと最近、女性らしき女性と会ったことがない
誰だ?と暗がりでじっとみたら
友人の事務所の女性だった
そういえばホワイトデーに、お菓子をあげたっけ

 

寒いデモが終わって側をみたら
女の子がいた
「一杯行くか?」と声をかけたら
「行く」という
みかんや納豆を届けて、そのまま居座る
ばっけみその苦みをあてに、金印のもっきり
「金印は二級酒だ!」と説明しても、誰も知らない
「二級酒とは、なんだ?」と問われる

こんなことで良いのか?日本は!
ちょっと前の歴史も知らないなんて
教育は、どうなっているのだ

デモハム屋が撮ったツーショット

そして今週日曜日には、すばらしい女性が一杯集まる盛金デモ日曜版が…

賞味期限

「貧血ですね。輸血しないと…」と医者は言う
「いやぁ〜ちょっと陸前高田に行かないと…」と思いながら
しかし、高田へ行く途中でエライことになったら‥

数日前から、息苦しいのである。
過呼吸と思っていたが、なんだかいろいろなモノが合わさっているようである
過呼吸は、深呼吸が出来ないので慌ててますます呼吸をしようとしてなる症状である
ゆっくりと深呼吸すれば治るのだが…
今回は治らないのである(ひょっとして時間がかかっているのかも知れない)

ゆっくりと深呼吸できないというのは不安である
途中でつかえて肺に一杯空気が吸えないのである
このまま呼吸困難になって…
お寺の売り上げ計画の目標になってしまったら‥

そんなんで輸血をすることにした
そう決めた途端、「車いすに乗れ」と言う
「そんな大げさな‥」
「いや規則ですから…」
「どんな規則だ」
「輸血をするような患者は、どこで倒れるか分からない」

しかたなく乗った
しかし便利だ。
「トイレ!」と叫んでもトイレの前で待っていてくれる
中に行かないのか?中で倒れたらどうすんじゃ!と思うのだが

診察室も車いすで医者の前に行く
狭いドアをフルオープンにして入る
医者は言う
「ベッドにあがれる!」
「あがれまっせ!ほら!」とベッドに立ってみせる

輸血前の検査というのがある
前はB型肝炎とC型肝炎を検査したのだが
今回は、小生の顔を見て「エイズも追加したい」という
「良いか?」と聞くので「う〜ん」と生返事
そういえば、30代の頃…歌舞伎町で…

無事検査は通った(ホッ!)

 

ベッドにくくりつけられて、毒々しい色の血の袋がぶら下がっている
看護婦と話をした
「この血液は一人前か?」
「えっ?」
「何人もの血液が混じってないの…」
「今は一人400CC取るから、一人の血液よ」と言う事は昔は…
「どこそこ産と書いてあるのよ。ほら千葉産とか岩手産とか…」
「ちゃんと放射能の検査もしているのか?」
「それは知らないわ」
「しかし、血液も寿命があるだろうに…」
「うん、だから賞味期限が書いてあるのよ」

ミルクのみ人形

「これは朝食後、飲んでください」
と薬局の薬剤師は言った
「えっ!先生は”とりあえず今晩飲め”と言っていたが‥」
「先生が、そう言うなら‥でも大変ですよ」

利尿剤である。
定期診察で下半身のむくみを訴えたら
血液検査とレントゲンで‥
「貧血と塩分過多」と言われて利尿剤を処方されたのである
いつも利尿剤は飲んでいる
ところがそれにも増して強力なやつを二種類も処方されたのである
名前が…ダイハード(?)とかアルマゲドン(?)とか。いかにも効きそうな名前である

「先生これを飲むと、のべつまくなしトイレに行くのですか?」
「いやぁ〜量が増えるだけでしょう」

量が増えるだけなら…
と丸一日病院に拘束されたので、
夜は空きっ腹に熱燗を一本入れて"ふうせつ花”の寄せ豆腐の湯豆腐である
これはいける。すくうのが大変なのだが…
豆腐の旨みがしっかりとした寄せ豆腐にからみつく
残った豆腐の砕けたやつは翌朝の豆腐入り雑炊である
出汁が効いて最高

しっかりと食べて、寝る前に再度しっかりとトイレに行って放出して、やはり喉が渇いた
水割りを二杯、それでも利尿剤を飲んで二時間、それでも尿意を催さない

これなら大丈夫と、11時にベッドに入った
最初に目覚めたのが2時、とりあえず一回目
次に目覚めたのが12時(おかしい?なんで元に戻るのだ?)
三回目が12時半、なんだなんだこれは…
最初の2時が見間違えたのか?

それからもう、ひっきりなしである
こんなに水分が身体に溜まっていたのか?
こんなに小便が出たら、ひからびてしまうじゃないか?

毎回量も大量に、そして回数は頻繁に…
おいおい水分補給しないと…
慌てて夜中に水割りを作って補給した
 

まるで、ミルクのみ人形である
若い世代は「ミルクのみ人形」など知らないだろうが、ままごと遊び道具(人形)である。
口と尻が、管で繋がっていて口に入れたモノがすぐ尻から出てくる金髪の人形だった
(こんど野菜畑では「水割りのみ入道」を売り出そうと想うのだが…)

朝、寝不足で頭がボーッとしている
これで朝食後にまたダイハードとかアルマゲドンを呑めと言う
店のトイレは、貸しきりにしておかないと…
盛金デモも、トイレを探して歩かないと…

桜始開

桜前線が東京まで来たと言う
早い,早すぎる。
これでは岩手を通り過ごして行くではないか?

まだ花見用意の茣蓙も…花見用のテントも…
花見用の酒も…花見用の下着も…
花見用のマスクも…
まだまだ何も用意していないのだ

まして桜の蕾は、こんなんだ

 

そして花見用の弁当の用意も出来ていないのに…

これはまだ、卒業式用の弁当だ

 

これから離任式、終了式、入学式の弁当があって、
ようやく花見用の弁当の準備に入るのだ

岩手の春は、まだまだこれからなのに七十二候は

「桜始開」ころと言う

 

石割桜のいま

料金入れ

ある家で、こんなモノを視た

”ある家である。ある寺ではない。”と強く言っておこう

「電話料金入れ」である。
こんな将棋の駒の形をした電話料金入れ?

今の若い人は、電話料金というのは自動的に銀行から引き落とされるモノで
引き落とされないときは、コンビニに走って行くものだ!と教え諭されているだろう

今は一人が何台も携帯を抱えて嬉しそうに話しているが
昔は一世帯に一台。その昔は近所に一台だった。
別に決めごとがあって、そのような電話分布になっていたわけではない
電話は高額だったのである。電話を敷くのに高額の権利料金を支払わないといけなかった
だから、その家に電話を借りに行ったのものである
電話を置いてある家には、みんな有った、この料金入れが…

 

 学生時代(フィリッピンのポン引き(micann談)をやっていたころ)
下宿から実家への「金送れ」の送信メールは手紙だった。
ときおり緊急のとき、高額の電話料金を払って実家の裏に電話をかけて呼び出して貰ったことがある
早くしゃべらないと高額の料金をとられる(当時、交換手に料金を確認して支払いをしたような気がする)
ところが金をせびるのは、すんなりと言えない

「げんき?」「うん、こちらもとってもげんき!」
「ところで、そちらの天気は、どう?」「父ちゃん元気?」
「ミミは?(飼い犬である)」
そんな話を延々としながら、言い出せなくて、なけなしの金を払ったことがある

こういう時、”決める政治の自民党”だったら…
小泉進次郎風に「カネ足りない。送ってくれよ」とつっけんどんに言うのだが(?)
と思うのは小生だけでないはずだ(泣)

なんだかだらだらと書いてしまったが
ようするに携帯電話以前と以後と時代が分かれていて

その携帯電話以前の公衆電話(赤とか緑とかピンクとかキャバレーとか…なんで色々あったのだろう)、
そのまえの黒のダイヤル式の固定電話、そして近所に借りに行った電話、と変遷をトゲながら
そのまえの長〜い飛脚時代を思い出したのである(?)

それに比べて携帯電話以後の技術の進歩の早いこと
今、画面をいじると動くやつがあるという
それは一体どんな仕組みになっているのだ?
まったく信じられない
通信技術の発達は、とどまるところをしらない
そのうちに「金送れ」と吹き込むと
画面から金がワンサカ沸いて出てくるアベノミクスがもてはやされるだろう(?)

 

あの電話料金を心配しながら、話をした頃が懐かしい
余談だが、あの「電話料金入れ」に入っていたお金を黙って借りて、映画を見に行ったらしい。
と坊守さんが言っていた
有る家の話である。ある寺の話ではない

人に優しい

おばさんが居た
ATMの前だ。それもユウチョのATMだ
おばさんは、何回も同じ事を繰り返している
「最初からやり直してください」と機械に何回も命令されて…

そのうちに諦め、恨めしそうに後に並んでいる小生の顔を見て帰って行った
小生が悪いのではない。ワシが通帳を見て、おろしてやれるわけではない

ユウチョのATMは、台数が少ない。操作がスムーズではない
局長が言う「このバカ機械が…」

これが人に優しい郵便局なのか?

未熟者

先日「あかり学級」に出席してきた
別に出席日数が足りなくて。正式に卒業していなかったとか、
実は小学校卒業は虚偽の履歴だった、と言う選挙違反で捕まった
訳ではない

なんと「あかり学級」とは若者の勉強をする場であった。
若者ではないから小生は関係ないか?と思ったら、
「馬鹿者だから入れ!」とあるカメラマンから言われた
 

あかり学級は、町屋で行われた
お江戸の下町の町屋ではない。盛岡の下町の町家である。
お江戸の下町の町屋は、盛岡出身の友人が住んでいた。近くには火葬場があった。
盛岡の町家は、近くに大きなスーパーがあった。そんな話ではないが…

あかり学級では生きるエネルギーというすばらしい講座が開かれていた
なんでも山田周生という50代前後だろうか?
学生時代からバイクで世界を回って、各地のラリーの取材をしている有名な人だ
(小生は、無知文盲でしらなかった)
その彼が、ランドクルーザーに廃油を燃料に替える仕組みを積み込んで世界を一周した
そして仕上げに日本一周にチャレンジしていたとき釜石で東日本大震災に被災した
当時、ガソリンがないときで、この車を活用してフルに支援に動いた。
三年経った今でも釜石に定住し、被災地支援に活動をしていると言うすばらしい人だ
その世界一周から釜石での被災、支援活動の話を聞いてワークショップが開催された

彼はサハラ砂漠を何十回となく横断したと言う
あるとき砂漠の中で車が立ち往生して140km歩いたことがある
その時に車の中から何を持ち出したか?と問いかけた

当然多くの人が「水」と考えただろう
しかし、彼は「モノにこだわらない。希望」と言った

 

中学生の職業訓練で、よく当店に中学生がやってくる
使用価値と交換価値の話をする

ダイヤモンドと水の話である
校長先生がダイヤモンドをもっている
担任の先生がペットボトルに水を持って居る
どちらの後と付いていくか?と言う問題だ
選択を迫られたのが繁華街だったら校長先生について行けば、
若いねぇちゃんがいるバーに連れて行ってくれるかも知れない、と言うスケベ根性だが…
それが砂漠だったら水を持っている担任の先生だろう

ようするに価値観は環境によって違ってくる
しかし、環境によっても変わらないモノは
水と空気とタンパク質だ。それが無かったら生きていけない。
水と空気とタンパク質は、植物から生み出される(経由で循環される)
だから植物を作り出す仕事「農」は基本なのだ


という話をするが、そうだ「希望」なのだ、
生きていく希望がないと農に携わっていく気力も沸かないではないか?

いいことを教わった。
まだまだ未熟者であると言う事を痛切に感じた一日だった

 

健康飲酒、健全会計

いつもの盛金デモである
終わってからの一杯が楽しい盛金デモである
じょじょに暖かくなる盛金デモである

今回は、参加者が増えて100人に近くなってきた盛金デモである
そして、3月31日日曜日にの昼にも、デモしたい盛金デモである

そのあと、みかん屋に行った
モッキリを二杯呑んで、蓮根の煮物をあてにホルモン汁を喰らった。
モッキリは、最初はわしの尾金印ぬる燗、二杯目は陸羽の冷やである
ふ〜っっっむ!うまい!

これで1000円からお釣りがきた
(たいこばんの納豆代金を差し引いて…)
昔、よくテレビドラマであったような気がする
八百屋の亭主が天井からぶら下がっているザルから小銭を取り出して呑みに行くのを咎められるシーンが…
そんな感じである
納豆代金を飲み代に替えてしまった

久しぶりにバスに乗って帰ろうと想った
本町のバス停まで歩いたら15分もかかってしまった
時刻表をみると待ち時間は20分もある
しかたがないので近くの飲み屋で”一杯だけやるか?”と入った
満員である。店員が目配せで一人も座れないと言った

しかたない、大勢の若者が、じっと見守る視線を背中に感じながら帰った
被災したので陸前高田から移転したと言う店だ
その店をでると隣に灯りが付いてる呑み屋があった。戸を開けた。
誰も居ない。ひとっこ一人いない。ラジオも付いていない。
古びたメニューがぶら下がっている。ありきたりのメニューばかりだ
大きな声で「こんばんは?」「こんばんは?」と出ない声で怒鳴った
出てきた割烹着の銀髪の老婆は、73だという。
「昭和15年生まれだ!」と言うと
「よく知っている!」と驚かれた
「昔はよかった」という話をして、本町付近の変容の話をしてちょうど20分
家賃を払わない自宅での商売が長続きをすると言う事を確認した。
梅割りを二杯のんで、いくら?「500円」という

帰りのバスは座席が満員だった
バス代150円だった。
本日の費用、1650円でモッキリ二杯、梅割り二杯。
健康的な飲酒と健全な会計と…
 

こわれた

FAXが壊れた。店にあるカラーコピーもスキャンも出来るページプリンターの複合機のFAXだ。
あの作業室のほこりだらけの環境で、よく持ったモノだ。
再リース再リースで、7〜8年もっただろうか?

通常の事務室だったら、もっと持つのだろうが…
最近の精密機械は、なかなか壊れにくい

しかし、複合機というのは、ここ10年ぐらいのことではなかったのだろうか?
いやFAXと言うようになったのは、最近のことだろう
わしが新入社員の頃、そう広島の抗争に借り出されていた頃(冗談)
東京本社と大阪本社の連絡は、電話と紙テープに穴の空いたファクシミリだった。
(子どものころ、穴の空いた紙テープで遊んだことがあった。欲しく欲しくてたまらないオモチャだったような…)
海外部門は、タイプライターで文書を打ち、ファクシミリやエアメールで流していた
そしてコピーは、青焼きだった。

今の人は、ファクシミリや、タイプライター、青焼きなどという言葉もしらないだろう
ファクシミリ室には、ファクシミリ担当がいて社内を配って歩いていた
タイプライターも、一人一台置いていなかった、担当が順番で使っていたような気がする
(そういえば友人が、初めてのボーナスでタイプライターを購入し、自慢そうに寮で使っていたような…)
青焼きは、原本と専用の用紙を2枚貼り合わせて流すと専用の用紙の地が青くなり、字や線は黒くなって写り、青字に黒という、みにくいコピーであった。

 

事務機の発達はすごい
あっという間にファクシミリ室の担当者は失業し、ワープロが一人一台となりパソコンになった。そして家庭用のFAXとコピーが普及した
たぶんこの間、30年だろう
大福帳に筆で書き入れていた時代が長かった。たぶん300年以上だろう
飛脚が手紙を運んでいた時代が,多分5〜600年は続いているはずだ
そんな時代からアナログという時代に変わった

そしてアナログが、デジタルに替わってから急加速している
そんな壊れた複合機の代わりに家で使っていたFAXつきの電話機をもってきた

今は、六尺ふんどしのようにインクリボンが垂れ流しているが
当時(10年前ぐらい?)、最新式の家庭用FAXつき電話機だった
これは感熱紙だったFAX用紙を、普通紙でも印刷できるという優れものだった
しかし、特殊なインクリボン(上記写真)を購入しないといけなかったし、
なんと言っても普通紙が10枚程度しか入らなかった

ときおり入ってくるFAXなら良いのだろうが、これでは事務作業には使えないので
家で受話器として利用していたモノだ
それがやはり、いかれてインクリボンが巻けないで外に垂れ流している
やはり昔の精密機械は、壊れやすいのだろうか
 

しかたなく買ったのがこれ

ランニングコストがカラーで6.4円モノクロで1.8円
そしてイニシャルコストが3万5千円だ

前のページプリンターは55万の見積で、リースで毎月払っていたのは、どういうことなのだ
コンビニで50円払ってカラーで印刷していたのはどうなっているのだ
白黒が1.8円だ

う〜んこれは、どこで作っているのだろうか
たぶん部品は、台湾・中国や韓国だろうか?
こんなんで若者の雇用はどうなっているのだ?

しかし、これだけ安くモノが作られ
事務作業が効率化されて、世の中はどう変わったのだろうか?
溢れる事務作業が効率化されて、人員はいらなくなり
効率化された事務作業も、それをみて判断を下す仕事が複雑多岐にわたり

人間が的確な判断が下されなくなってきたのでは…

月別アーカイブ : 2013年3月

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