ちいさな野菜畑

ちいさな野菜畑ブログ

といあわせ

最近弁当の問い合わせが多い

一番困るのは「ホームページに載っているのは、いくらの弁当ですか?」という質問である


これは確か、5年前に初めて作ったサイクリングの大会(?)の弁当である
いくらで受けたのか?記憶にない
たしか「”いくら”だったら、いい?」と聞いて
「1000円」という返事を貰ったような…
ただ「1000円では申し訳ない」と言って800円にしたような
そんな弁当だから、はっきり”いくら”と言えないのである

ただ1000円とか800円とか写真を見せて値段を提示すると言うことが本当は出来るのか?
当店は「旬」に、こだわりたい
そうすると「旬」は、大量に出回るから値段が一番安くなる時期である。
一年中、またはその季節の間、値段が一定というのは、おかしくないかい
だから「800円の予算で今の時期にできるお弁当」と言うのが正しい注文のしかたであると思うのだが…

しかし、食材よりも一番かかる費用は人件費である
なんせ前日の午後から、かかり切りである
ひとつひとつ手づくりであるから、前日に数量を確認して仕込みに入る
当日は、加熱したり揚げたり容器に入れたり、するだけで手一杯である
数量が多かったり、単価が高いと、
「早く出るよ!」と魔子様の号令がかかる

そうすると大変である。店に6時出勤だったり、魔子様が一人で5時に出たり…
(最近は慣れて6時に出ればだいたいが間に合うようになった)

ただ多くの人は「採算にあわないだろう」と心配してくれる
まったく採算に合わないのである
しかし、これは農業と一緒である
農家も人件費をいれて採算をはじいたら、合うはずがない
もし採算が合うなら企業がどんどん参入するはずである
弁当も一緒。
弁当チェーン店やスーパーの厨房で弁当をつくるのは、採算が合うからである
採算が合うならどこでもやる
この手づくり弁当は、採算が合わないから手を出さないのである
採算が合わないなら続かないじゃないか?という
しかし採算があうなら大手がやり始める

いたちごっこである

しかし、ここで一つ考え方を変える
趣味である
生業(なりわい)である
生きがいである

このように資本主義経済で考えなければ、成り立つのである
そんな貨幣経済に反逆するような弁当なのである(おおげさ)

だから、問い合わせは「○○○円の弁当お願いします。御飯大盛りで…」

と言うようにシンプルにして欲しい(泣)

ちなみに最近の525円弁当(お品書きもつきます)

長寿庵

音楽劇を見に行った

石川啄木が百歳まで生きていたら…という音楽喜劇だった
石川啄木は26〜7で夭逝したが確かに生きていたら大作家になっていたかも知れない
しかし、亡くなったからこそ評価されたのかも知れない

啄木は、中学生時代から好きだった
岩手県人は、啄木ファンか?賢治ファンか?と二つに分かれるだろうが
小生は断然、啄木ファンである。
なんと言っても、あの三行詩の「想い」が良い
国語の時間だろうか
俳句や短歌をならった時に、三行詩を作った啄木に
型にはまらない、その生き方に興味を持った
そして、その故郷の思い、女性への想い、母への想い
さまざまな「想い」がギッシリ詰まった、詩集を何冊か買った覚えがある
そしてあの三行詩を、片っ端から暗記した
思春期の少年にとって、刺激的な詩であった

 

盛岡は、芝居が盛んだと言う
友人・知人が参加しているおかげで、年に一度か、二年に一度か、見に行く
まぁあまり期待しないで見に行くのだが(終わった後のモッキリを楽しみに…)
盛岡の芝居の一番の見所は「盛岡弁」である。
最近、盛岡弁を使う人が少なくなった。
ときたま、くっちゃべる人がいるが…
小生は知らないが,芝居で使うのは正統派の盛岡弁なのだろう
そんな盛岡弁を聞きながら芝居をみるのである

 

今回は、音楽喜劇だという
曲は明るく楽しい曲ばかりだった
しかし、引用なのか、編曲なのか、作曲したのか
どこまでが、この芝居のために作られたのか…
そんなことを考えなければいいのだが…

ただストーリーがよく分からない
啄木は外出している(旅に出ている)という設定らしいが
一度も出てこない。
それらしき、啄木に間違えられた編集者はでてくるが…
そのなかで家族や関係者が、100歳の啄木の今を語るという趣向らしい

まぁ明るく楽しければいいか?と思うのだが
啄木に明るく楽しいは、似合わない

除雪予算

 

  

雪が多い.。しこたまである

「在庫が多い、売るくらいある」と言う言葉があるが…

こんなに雪が多いと「除雪予算を使い切るために降る」ようなものだ(?)
 

以前、テントハウスで営業中に、一晩で1メートルほど積もった。
テントハウスのお店は、入り口まで道路から20メートルぐらいあるだろうか?


(写真は、懐かしいテントハウス&40代の入道)

一方通行の道路脇に車を寄せ午前中一杯かかって、人が通れるほどの道を通したことがあった

そのときと…

1月5日の初売りに間に合わせるために、4日生産者と四人で広い駐車場を除雪したことがあった。
もちろん手作業のスコップである。朝から夕方まで、汗みどろになりながらかき分けた

 

開店してから十九年目、三度目の大雪である

今は、楽である。雪が降る度に除雪車がやってくる
そして、支払いも…(泣)

うちは除雪予算など組んでいないのだ!

穴考

以前から疑問に思っている

あるドラッグストアに貼ってあるPOPである
「おしりの穴が、かゆい」という表現である

「穴」というのは、周囲に認知できるモノで、穴を形成しているのだから、穴は空気ではないか?
それが、「かゆい」と言うことは、どういう感覚なんだろう
「穴を形作っている肉片が痒い」というのが正解ではないか

う〜ん日本語は難しい

一度、言語学者に聞いてみよう

そういえば、デモハム屋にも…

根性の悪い女

泥がついた棒のような写真だが…
泥棒の写真ではない
泥付きレンコンである

レンコンという野菜だと思っているが…
レンコンは。蓮の根である。(当たり前だ)


蓮の花はきれいだ。
こんな綺麗な花の、元の根っこが奇っ怪な穴だらけなんて…

美しく着飾っているが根性の悪い女のようである。(誰とは言わぬが…)

しかし、その穴のせいで、「先が見通せる」という縁起が良い野菜だという
そのレンコンは、沼地とか休耕田とか、排水の悪いところで栽培され
「はすね掘る」が冬の季語と言われるように、冬が旬であると言う
冷たい泥田を這いずり回って掘る作業は、大変だろう

そんなレンコンの産地が茨城だという
そしてそのレンコンは、基準値以下だが微量にセシウムが出てくる
それは、そうだろう
周辺の水が集まってくる場所で栽培しているのだから…

当店では、基準値以下の茨城産の蓮根を販売しております
そして、お子様向けに検出されない佐賀県の黒木農園の蓮根も、

至福

二日間留守をした。
毎年二月にある仙台でのセミナーである
第十七回東北農家の二月セミナーである。
17回の開催であるが、心臓手術と食道癌で2回休んだ。
平成6年から参加している19年目である。
その前は、農山漁村文化協会の中期講習という名前だった

社団法人農山漁村文化協会は、活動している農家の勉強の為というか?農家の記録を取るために
当初守田志郎、そして守田氏が亡くなってから内山節の勉強会を開催している

内山節は、日本で唯一”哲学者”という肩書きで飯が食える人という紹介をしている
そして今、若者に人気があるという「一度も雇用された生活をしない人」ということで…

そんな内山節の話を聞きに北海道から静岡から農家30人近く集まってくる

いつもいつも、深い示唆を受けて帰ってくるが、

今回の一番の収獲は

社会を変革しようとしている人は、みんな同じ方向を見ている

と言うことである

身近にも、さまざまな動きがある
各地にも、さまざまな動きがある
国内にも…世界にも…

それを、ひとつひとつ例を挙げて丁寧に説明してくれた
二日間、至福の講義であった。

再開

 

携帯は、いつもマナーモードにしている
おかげでいつも着信履歴は、自宅で充電するときに気がつく
履歴にもあり、mixiにもメールが、
そしてblogのコメント欄にメールが届いていた

あまりにも貧相なところで呑んでばかり居るので「みかねたみかん」が店をあけるらしい

入道さま

コメントではなくてごめんなさい。
メールアドレスがわからなくなってしまったので、こちらを借りて業務連絡。
22日の金曜デモ、参加しますか?
もし街までおりてくるなら「たいこばん」を8個ほどお願いしたいのですが…
イレギュラーにではありますが、つつましく営業再開します。
とりあえず今週は、金、土、日の3日間営業。
お使いだてして申し訳ありませんが、可能ならよろしくどうぞ。
お返事はメールでも、電話でも。
(さっき携帯に電話したけど出なかった……)

みかんや拝

葬式と藪

メールを貰った。

”淡路町の「神田藪蕎麦」 が火事でぺろっと燃えてしまいました。”

「ぺろっと」という表現が正しいのか?面白いのか?
ビルの谷間の木造建築だから、あっという間だっただろう

30年前だっただろうか?
初めて行ったのは…
当時の上司と一緒に、得意先の葬式の帰りだったと想う
日中にザルを何枚も平らげ酒を頼み、あっという間に大きな札が飛んだ
その上司は、池波正太郎の文庫本を抱えていた。

それからである。池波正太郎にはまったのは…
神田の藪のそばには、いせ源があり、お汁粉やがあり、洋食屋があり、まつやがあった
その界隈だけでなく池之端のやぶ、並木のやぶにも、足を運んだ
今のようにグルメマップもなく、ミシュランも、食のガイドマップも無い時代

池波正太郎の文庫本を恥ずかしそうに握りしめてあちこちを歩いた
その後だろう
「ピュア」というコンサートのガイド雑誌が、「ピュアグルメマップ」という別冊を発刊した
そして世の中、グルメ時代になった。

8年前、上京したおりに行った。
相変わらず多くの人が並んで待っていた。
あの独特の調子で、注文を読み上げるおばぁちゃんも健在だった。
その時も確か、葬式のがらみの上京であった。

葬式と言えば、やぶ蕎麦を思い出す。

分岐点

土産を貰った。デモハム屋も律儀だ。千葉三里塚の落花生だという

懐かしいね。三里塚だという
小生が体育会系で、ぶんぶん言わしていた頃だ。
三階か四階の教室で、ゼミをやっていたとき

  ゼミは真面目に出ていた。これだけ落とすと卒業ができない
  と言っても三十人近くいたような気がする。
  先生とも親しく話をしなかったような…
  当時は、入れば出られると言う”ミルクのみ人形”のような大学だった。
  ただ入るには,倍率が異常に高かったが…

下の芝生から歓声が聞こえた。
歓声というか怒声というか、ゼミのみんなで覗き込むと、
ヘルメットに角材をもった集団が一人の学生を追いかけ回してた
さんざん追い回して倒れたところを角材で、ぼんぼんぶん殴って
誰かが警察でも呼んだのだろうか?
クモの子を散らすように逃げていった。
その倒れた学生は、よろよろと立ち上がってどこかへ消えていったが…
後から聞くと身体中に新聞紙を巻き付けており、そんなにひどい傷ではないような話だった

その田舎にある大学は中核派の拠点だったようで、
時折グランドに通づる道がバリケードで閉鎖されていた
体育会の部室に行く道だったので、いつも
「おらぁ〜どけ!邪魔だ!」と言って通ったが…
別段、かかってくる様子もなかった。

そんな時代「三里塚」は学生運動のメッカだった。
そうそう北上の友人も三里塚の有名な闘士だったという
その卒業したその後も、しばらく公安に見張られていたという

いまその三里塚はどうなっているのだろう
ひょっとしてその三里塚の闘争時代が、大きな時代の分岐点だったのかもしれない
地域共同体と国民国家の…

募集中

   

春は、いつから何時までを言うのか?
ふと、そんなことを疑問に想った。

気象学では3月4月5月だという
天文学上は春分から夏至まで
旧暦では1月2月(今の2月3月だろうか)
二十四節気では立春から立夏の前日まで

と色々とある
しかし、いずれにせよ2月は楽しい
もうすぐ春である
1月は、まだ春には遠い
12月はこれから厳寒の冬だ

東京にいた時分、2月は梅の季節だった
そして桃が咲き、3月末には桜が咲いた
梅を観に三渓園や鎌倉に行った
桜を観に伊豆へ行った
ゆったりと「春になる」と言うのを楽しんだ

今は、ある日突然、春がまとめてくる
あっという間に水仙とチューリップとクロッカスと福寿草が
まとめて咲く(大げさか)
おまけに梅と桃と桜が一挙に咲く

観梅と花見が一緒に出来ると言う優れものである

そんな春に向かって、花苗の移動販売をやることにした

半日でもいい
定期的に週に一度、場所を貸してくれる方募集中

月別アーカイブ : 2013年2月

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