大鵬が逝った。
綺麗な相撲取りだった。
力強い相撲取りだった。
そしてあこがれの的だった。

当時、野球と相撲という人気スポーツの雄であった
野球は、王・長島であろうか?

王と長島が「巨人・大鵬・卵焼き」と巨人というチームで一緒にされたが、大鵬は一人で番を張った
一家で一台のテレビを所有して、気兼ねなくテレビを見ることの出来る世代のヒーローだった
柏戸と柏鵬時代を築いたと言われるが、どちらかという柏戸は大鵬の添え物という感じがしないでもない

そんな長島や王や大鵬と一緒に「卵焼き」が子どもに人気と言うことで、取り上げられている
小生がまだ、学ランを着ていた小学生か?中学生か?

卵は高嶺の花だった。
「子どもに人気」と言うよりも、あこがれに近いだろう
なんせ、兄弟三人で一個の卵を分け合って食べたモノだ
白身が嫌いだが、黄身だけ掛ける訳にはいかない
卵を三等分することは至難の業だった
当時は一個十円ぐらいだっただろうか?
今でも十円ぐらいで物価の優等生と言われている
ただ当時は、給料が安かったから十円の卵は高級食材だった。
いつも卵かけ御飯を、ふんだんに食べたいと言うのが夢で…
大学で一人暮らしをするようになってから、インスタントラーメンに卵を四個も五個もいれて食べた覚えがある

 

そして仙台に住んでいた小学生低学年当時、隣は養鶏場だった。
街の中に養鶏場が、あったのである
その家と親しくてしていたが…と言って卵が食卓に頻繁に上がるという事は記憶にない

今、養鶏場は、郊外にある
臭いがきついと言うことや
鳴き声がうるさいと言うことや
安く広い敷地でないと経営が成り立たないという事なのだろう
企業畜産である
安い飼料を大量に買って、大量の鶏を育てる
一人で管理する限界が一万羽と言われる

1羽の鶏が一年間に産む卵は、280個という
一人の人間が一年間に食べる卵は、280個である
一人が1羽飼えば、間に合う数字である
そんなに大量に飼わないと成り立たない社会であるが
それは人間の都合である
鶏は、産もうか産むまいが、そのグループの産卵率が下がれば
「飼料効率が悪い」と言うことで、淘汰されるのである
そして生まれて初めて陽光を浴びて行った先の屠畜場で、ペットの餌になるのである
 

大鵬は、死んでも歴史に名を残す大鵬である